Shrine

松井神社まついじんじゃ

熊本県に鎮座する神社です。御祭神は松井康之、松井興長。開運のご利益で知られます。

由緒

肥後細川家の筆頭家老を務めた松井家の初代・松井康之と、八代城主となった二代・興長を祀ります。明治14年(1881年)、松井家の旧家臣団やゆかりの人々によって創建された比較的新しい神社で、旧社格は郷社です。境内地はもと八代城の北の丸にあたり、元和8年(1622年)に加藤正方が母・妙慶禅尼の隠居所を建てた場所でした。加藤家改易後は茶人としても知られる細川忠興(三斎)の居所となって庭園が整えられ、興長が八代城主に任じられてからは松井家代々の居館が置かれています。境内の茶庭と心字池は市指定史跡で、忠興手植えと伝わる臥龍梅は熊本県指定天然記念物。枝が竜の臥す姿のように曲がりくねることからこの名があり、2月下旬から3月初めにかけて淡紅色の八重の花を咲かせます。

例大祭

例祭(大祭)は11月23日に行われます。

松井神社に関連する目的別ページ

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近隣神社

同じ地域や分類に近い神社を合わせて見られます。

熊本県交通安全

住吉神社

すみよしじんじゃ

延久3年(1071)、肥後国司の菊池則隆が摂津の住吉宮から分霊を勧請し、海上安全の守護神として創建したと伝わる。以後は菊池氏の手厚い保護を受けたが、戦国期の争乱で社殿を失った。寛文13年(1673)に熊本藩主の細川綱利が現在地へ再建し、以降は藤崎八旛宮・北岡神社とともに細川家歴代が崇敬する肥後三大社の一つに数えられた。藩主の参勤交代の航路や、有明海に生きる地域の海上安全が祈願され、雨乞い祈祷の記録

所在地
熊本県宇土市住吉町2067
御祭神
底筒之男命、中筒之男命
系統
住吉
熊本県開運

新開大神宮

しんかいだいじんぐう

文安元年(1444年)、伊勢神宮を篤く信仰していた太田黒孫七郎が天照大神の託宣を受け、翌文安2年(1445年)に伊勢の神を当地へ勧請して創建したと伝わる。孫七郎は菊池氏六代隆直の末裔とされ、伊勢へ足しげく参宮したことから「飛行孫七郎」と呼ばれた逸話が残る。天正年間(1573〜1592年)に佐々成政によって社殿が焼かれたが、のちに加藤清正が再興して崇敬を寄せ、細川家の代になると手厚い保護を受けた。幕

所在地
熊本県熊本市南区内田町1266
御祭神
天照大神、豊受大神
熊本県開運

菊池神社

きくちじんじゃ

南北朝時代に南朝方として戦った菊池氏を祀るため、明治3年(1870年)4月28日に菊池城址の丘で鎮座祭が行われました。発端は慶応4年(1868年)、熊本藩から明治新政府の参与に出仕した細川家一門の長岡護美が、菊池氏と加藤清正を祀る神社の創建を建議したことにあり、同年7月18日に太政官がこれを採択して熊本藩に祭祀を命じています。鎮座時は第12代菊池武時を主祭神とし、第13代武重と第15代武光を配祀神

所在地
熊本県菊池市隈府1257
御祭神
菊池武時、菊池武重
熊本県開運

宝来宝来神社

ほぎほぎじんじゃ

平成16年(2004年)春、南阿蘇村河陰の土地造成中に重機が大きな岩に当たり、取り壊そうとすると重機が繰り返し故障したという出来事に始まると伝えられる。工事に携わっていた人物が夢のお告げに従って宝くじを買ったところ当選したことから岩を掘り出して祀り、その話が広まって岩は「当銭岩」と呼ばれるようになった。当選者らの寄進によって宝来宝来神社として建立された。社名は「陽幸和福招金萬宝来(ようこうわふくし

所在地
熊本県阿蘇郡南阿蘇村河陰2909-2
御祭神
当銭岩