Shrine

御厨神社みくりやじんじゃ

兵庫県に鎮座する神社です。御祭神は誉田別命(応神天皇)、菅原道真、素盞嗚命。開運のご利益で知られます。

由緒

創立の年月は火災で記録を失い不詳。社伝によれば、神功皇后が西征の途中に二見浦へ船を寄せて船子を集め兵糧を調えた際、土地の人々が食物を献じたことに由来し、神饌を調える場所を意味する「御厨」が社名になったと伝える。伊勢神宮の御厨(荘園)であったとする説もある。貞観年間(859〜877)に八幡宮を勧請し、延喜元年(901)に大宰府へ左遷される途上の菅原道真が船を二見浦へ寄せて社地に上陸したという所縁から、寛和年間(985〜987)に天満宮を勧請したと伝わる。長暦年間(1037〜1040)に現在地の「卯の花の森」へ遷り、以後は誉田別命・菅原道真・素盞嗚命の三座を相殿に祀る。道真が一夜を明かしたという「仮寝の岡」の伝承が残り、船頭や回船業者など海運関係者の信仰も集めてきた。境内には紅梅・白梅があり、紅梅は2月上旬から中旬、白梅は2月中旬から3月上旬に見頃を迎える。

基本情報

ご利益
開運
所在地
兵庫県明石市二見町東二見1323
アクセス
山陽電鉄・東二見駅の南出口から徒歩約10分、西二見駅の南出口からは約15分。JR土山駅の南出口からは徒歩約35分です。たこバス西岡東ルートの「宮前」バス停も利用できます。
駐車場
無料の駐車場があり、約50台を停められます。
電話番号
078-942-3461

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御厨神社は何の神様?

御厨神社の御祭神は誉田別命(応神天皇)菅原道真素盞嗚命です。

菅原道真

平安時代の学者・政治家。天神様として学問・合格祈願の神として全国で信仰される。 代表的な神社としては北野天満宮、太宰府天満宮、湯島天満宮などが挙げられます。 天神信仰の中心は北野天満宮と太宰府天満宮で、大阪天満宮や防府天満宮も代表社として知られます。

例大祭

秋祭は10月20日から26日の間の土曜・日曜に行われ、8基の神輿が練りを奉納します。お旅所祭も併せて営まれます。

年間行事

元旦祭(1月1日)、宵えびす・十日えびす・残りえびす(1月9〜11日)、厄除大祭(1月18・19日)、夏越大祓と祇園祭(7月10・11日)、龍宮祭(海の日)、七五三詣、師走大祓(12月31日)などが行われます。

よくある質問

御厨神社の参拝前に確認したい情報をまとめます。

御厨神社で御朱印はいただけますか?

御朱印を授与しています。通常の御朱印は500円から800円、切り絵御朱印や特別御朱印は1,500円で、御朱印帳も2,000円から2,500円で頒布されています。

御厨神社の例大祭はいつですか?

秋祭は10月20日から26日の間の土曜・日曜に行われ、8基の神輿が練りを奉納します。お旅所祭も併せて営まれます。

御厨神社にはどのような年間行事がありますか?

元旦祭(1月1日)、宵えびす・十日えびす・残りえびす(1月9〜11日)、厄除大祭(1月18・19日)、夏越大祓と祇園祭(7月10・11日)、龍宮祭(海の日)、七五三詣、師走大祓(12月31日)などが行われます。

御厨神社の公式情報はどこで確認できますか?

御厨神社の公式情報は公式サイトで確認できます。参拝前に最新の受付時間や祭事情報を確認してください。

御厨神社に関連する目的別ページ

ご利益や御朱印情報を、地域で絞り込んで確認できます。

近隣神社

同じ地域や分類に近い神社を合わせて見られます。

兵庫県開運

高砂神社

たかさごじんじゃ

社伝によれば、神功皇后が外征からの帰途にこの地へ船を寄せ、加護を受けた大己貴命を国家鎮護のために祀ったのが始まりとされる。天禄年間(970〜972)に疫病が流行した際、神託により素盞嗚命と奇稲田姫命を合わせ祀ったところ疫病が鎮まったと伝わる。文禄元年(1592)には豊臣秀吉が朝鮮出兵に際して参拝し、戦勝を祈願したと伝えられる。慶長6年(1601)、姫路城主の池田輝政が社地に高砂城を築くことを定めて

所在地
兵庫県高砂市高砂町東宮町190
御祭神
大己貴命、素盞嗚命
系統
出雲
兵庫県学業成就

天満神社

きたのてんまんじんじゃ

北野天満神社は、治承4年(1180)、平清盛公が福原遷都にあたり禁裏守護・鬼門鎮護の神として京都の北野天満宮を勧請したことに始まると伝えられる。神戸北野の地名の由来にも関わる古社として知られる。

所在地
兵庫県神戸市中央区北野町3丁目12
御祭神
菅原道真
系統
天神
大阪府商売繁盛金運

露天神社

つゆのてんじんしゃ

大阪キタの中心、梅田・曽根崎の総鎮守で、通称「お初天神」。社伝によれば、上古に大阪湾へ浮かぶ小島の一つであった現在地に「住吉須牟地曽根ノ神」を祀ったのが始まりで、古代難波の「難波八十島祭」旧跡の一社とされる。創建年代は定かでないが、八十島祭が文徳天皇の嘉祥3年(850年)まで遡り、6世紀の欽明天皇の頃には形が整っていたとされることから、当社の起源もその頃と推察されている。社名は、昌泰4年(901年

所在地
大阪府大阪市北区曽根崎2-5-4
御祭神
大己貴大神、少彦名大神
系統
天神
京都府学業成就

旦椋神社

あさくらじんじゃ

式内小社で旧社格は村社。境内の由緒書によれば、養老4年(720年)の『日本書紀』に見える栗隈県の大溝(栗隈大溝)の東側、旦椋という地に古社として鎮座していたと伝えられるが、その社殿は天文19年(1550年)に焼失した。その後、永禄9年(1566年)に旧地の大久保町旦椋から天満天神が祀られていた現在地へ移されて再興されたことが、吉田兼右の『兼右卿記』に見える。延喜年間(901〜923年)に編纂された

所在地
京都府宇治市大久保町北ノ山109
御祭神
高皇産霊神、神皇産霊神
系統
天神