由緒
創立の年月は火災で記録を失い不詳。社伝によれば、神功皇后が西征の途中に二見浦へ船を寄せて船子を集め兵糧を調えた際、土地の人々が食物を献じたことに由来し、神饌を調える場所を意味する「御厨」が社名になったと伝える。伊勢神宮の御厨(荘園)であったとする説もある。貞観年間(859〜877)に八幡宮を勧請し、延喜元年(901)に大宰府へ左遷される途上の菅原道真が船を二見浦へ寄せて社地に上陸したという所縁から、寛和年間(985〜987)に天満宮を勧請したと伝わる。長暦年間(1037〜1040)に現在地の「卯の花の森」へ遷り、以後は誉田別命・菅原道真・素盞嗚命の三座を相殿に祀る。道真が一夜を明かしたという「仮寝の岡」の伝承が残り、船頭や回船業者など海運関係者の信仰も集めてきた。境内には紅梅・白梅があり、紅梅は2月上旬から中旬、白梅は2月中旬から3月上旬に見頃を迎える。