由緒
社伝によれば景行天皇41年、日本武尊が東征の際、走水の海で身を投じて海神の怒りを鎮めた妃・弟橘比売命を偲び、流れ着いた御櫛を納めて御陵を築き、橘の木を植えて祀ったのが始まりと伝わる。『延喜式』神名帳に載る式内社で、上総国二之宮。『日本三代実録』元慶元年(877)条では従五位上勲五等から正五位下勲五等へ昇叙され、天正19年(1591)には徳川家康から社領6石の朱印状を受けた。明治6年(1873)県社に列格。社殿後方には弟橘比売命の御陵と伝わる墳丘が残り、社叢は昭和55年(1980)に茂原市指定天然記念物となっている。