由緒
日南海岸に近い榎原の地に鎮座する旧県社。万治元年(1658年)、飫肥藩3代藩主の伊東祐久が、神女として崇められた内田万寿姫の進言を受け、鵜戸神宮の分霊を勧請して地福寺の境内に創建したと伝える。もとは榎原大権現と称し、飫肥藩の鎮守として厚い保護を受けた。明治元年に榎原神社と改称し、同6年に郷社、昭和5年に県社へ昇格している。朱塗りの本殿は複雑に入り組んだ屋根を持つ八ツ棟造で、宮崎県内では唯一の遺構とされ、鐘楼や楼門とともに県の有形文化財に指定されている。神仏習合の名残を色濃くとどめる境内には、万寿姫を祀る摂社の桜井神社があり、縁結びを願う参拝者が訪れる。主祭神の天照大神のほか、天忍穂耳命・彦火瓊瓊杵命など皇統系の神々を祀り、大己貴命などを配祀する。