Shrine

榎原神社よわらじんじゃ

宮崎県に鎮座する神社です。御祭神は天照大神、天忍穂耳命、彦火瓊瓊杵命。開運のご利益で知られます。

由緒

日南海岸に近い榎原の地に鎮座する旧県社。万治元年(1658年)、飫肥藩3代藩主の伊東祐久が、神女として崇められた内田万寿姫の進言を受け、鵜戸神宮の分霊を勧請して地福寺の境内に創建したと伝える。もとは榎原大権現と称し、飫肥藩の鎮守として厚い保護を受けた。明治元年に榎原神社と改称し、同6年に郷社、昭和5年に県社へ昇格している。朱塗りの本殿は複雑に入り組んだ屋根を持つ八ツ棟造で、宮崎県内では唯一の遺構とされ、鐘楼や楼門とともに県の有形文化財に指定されている。神仏習合の名残を色濃くとどめる境内には、万寿姫を祀る摂社の桜井神社があり、縁結びを願う参拝者が訪れる。主祭神の天照大神のほか、天忍穂耳命・彦火瓊瓊杵命など皇統系の神々を祀り、大己貴命などを配祀する。

基本情報

ご利益
開運
所在地
宮崎県日南市南郷町榎原甲1134-4
アクセス
JR日南線榎原駅から北へ徒歩約10分。車の場合は東九州自動車道の日南東郷インターチェンジからアクセスできます。国道222号沿いの榎原集落に鎮座し、楼門をくぐって境内に入ります。
受付時間
授与所の受付は8:30〜16:30です。
駐車場
参拝者用の無料駐車場があります。正面入口は階段ですが、その横のスロープから車椅子で入ることができ、車椅子の貸出や、駐車場横の多目的トイレも用意されています。
電話番号
0987-68-1028

地図はクリックで読み込みます。

Google マップで開く

榎原神社は何の神様?

榎原神社の御祭神は天照大神天忍穂耳命彦火瓊瓊杵命です。

天照大神

太陽神にして皇祖神。伊勢神宮の主祭神。国家安泰・五穀豊穣のご利益で知られる最高神。 代表的な神社としては伊勢神宮 内宮、開成山大神宮、東京大神宮などが挙げられます。 神宮としての中心は伊勢神宮 内宮で、全国の神明宮・大神宮の範となる特別な存在です。

例大祭

例祭は11月8日・9日に行われます。御神幸祭として神輿が氏子地区を巡り、子どもから大人まで参加する地域あげての祭りです。

年間行事

旧暦3月15日・16日には摂社の桜井神社の縁日大祭が営まれ、4月中旬には作祈祷神楽が奉納されます。

よくある質問

榎原神社の参拝前に確認したい情報をまとめます。

榎原神社で御朱印はいただけますか?

御朱印を受けることができます。

榎原神社の受付時間はいつですか?

授与所の受付は8:30〜16:30です。

榎原神社の例大祭はいつですか?

例祭は11月8日・9日に行われます。御神幸祭として神輿が氏子地区を巡り、子どもから大人まで参加する地域あげての祭りです。

榎原神社にはどのような年間行事がありますか?

旧暦3月15日・16日には摂社の桜井神社の縁日大祭が営まれ、4月中旬には作祈祷神楽が奉納されます。

榎原神社の公式情報はどこで確認できますか?

榎原神社の公式情報は公式サイトで確認できます。参拝前に最新の受付時間や祭事情報を確認してください。

榎原神社に関連する目的別ページ

ご利益や御朱印情報を、地域で絞り込んで確認できます。

近隣神社

同じ地域や分類に近い神社を合わせて見られます。

熊本県開運

新開大神宮

しんかいだいじんぐう

文安元年(1444年)、伊勢神宮を篤く信仰していた太田黒孫七郎が天照大神の託宣を受け、翌文安2年(1445年)に伊勢の神を当地へ勧請して創建したと伝わる。孫七郎は菊池氏六代隆直の末裔とされ、伊勢へ足しげく参宮したことから「飛行孫七郎」と呼ばれた逸話が残る。天正年間(1573〜1592年)に佐々成政によって社殿が焼かれたが、のちに加藤清正が再興して崇敬を寄せ、細川家の代になると手厚い保護を受けた。幕

所在地
熊本県熊本市南区内田町1266
御祭神
天照大神、豊受大神
三重県開運

水屋神社

みずやじんじゃ

社伝では千年余り前に大和・春日大社の安在所として天児屋根命を祀ったことに始まり、大化4年(648年)に奈良の三笠山から素盞鳴命と龍神姫命を勧請したと伝える。和銅3年(710年)に興福寺東門院領「閼伽桶の庄」となり、慶長5年(1600年)の関ヶ原合戦以降は伊勢領に属した。南北朝期、文中2年(1373年)の棟札にも「大和州閼伽桶庄宮」と記されている。垂仁天皇の代に天照大神が当地を巡幸した際、鎮座してい

所在地
三重県松阪市飯高町赤桶2507
御祭神
天児屋根命、素盞鳴尊
三重県開運

平群神社

へぐりじんじゃ

創建年代は不詳です。古代豪族・平群氏の祖とされる平群木菟宿禰を主祭神とし、『日本書紀』が木菟宿禰は仁徳天皇と同じ日に生まれたと伝えることで知られます。その後裔が伊勢国へ移り住み、祖神を祀ったのが当社の始まりと伝えられています。延喜式内社に比定される古社で、社殿は平群山の東斜面に鎮座します。この地は倭建命が足を留めた場所という伝承も残り、境内には歌碑が建てられています。のちに武内宿禰、天照大神、大己

所在地
三重県桑名市志知3693
御祭神
平群木菟宿禰、武内宿禰
系統
出雲
三重県開運

比自岐神社

ひじきじんじゃ

創祀年代は不詳で、延喜式神名帳の伊賀国伊賀郡「比自岐神社」に比定される式内社です。祭神の比自岐神は、かつてこの地を治めた伊賀比自岐和気氏の祖神とされ、垂仁天皇の庶子である円目王の妃を出した一族として朝廷とのつながりも伝えられます。天王宮、大森神社という別称もありました。天正9年(1581年)の天正伊賀の乱で社殿をことごとく焼失し、慶長9年(1604年)に再建されています。明治末の一村一社の合祀令に

所在地
三重県伊賀市比自岐683
御祭神
比自岐神、天児屋根命