Shrine

比自岐神社ひじきじんじゃ

三重県に鎮座する神社です。御祭神は比自岐神、天児屋根命、天照大神。開運のご利益で知られます。

由緒

創祀年代は不詳で、延喜式神名帳の伊賀国伊賀郡「比自岐神社」に比定される式内社です。祭神の比自岐神は、かつてこの地を治めた伊賀比自岐和気氏の祖神とされ、垂仁天皇の庶子である円目王の妃を出した一族として朝廷とのつながりも伝えられます。天王宮、大森神社という別称もありました。天正9年(1581年)の天正伊賀の乱で社殿をことごとく焼失し、慶長9年(1604年)に再建されています。明治末の一村一社の合祀令により旧比自岐村内に鎮座していた33社を合祀し、大正13年(1924年)に県社へ昇格しました。社前には「右いせみち、左うへの道」と刻まれた道標が残り、伊勢参宮街道の一つが当地を通っていたことを伝えています。

比自岐神社は何の神様?

比自岐神社の御祭神は比自岐神天児屋根命天照大神です。

天児屋根命

神議の神。春日大社の神として祝われる。学問・知恵のご利益がある。 代表的な神社としては春日大社が挙げられます。 春日信仰の中心は春日大社で、中臣氏・藤原氏の祖神として重んじられます。

天照大神

太陽神にして皇祖神。伊勢神宮の主祭神。国家安泰・五穀豊穣のご利益で知られる最高神。 代表的な神社としては伊勢神宮 内宮、開成山大神宮、東京大神宮などが挙げられます。 神宮としての中心は伊勢神宮 内宮で、全国の神明宮・大神宮の範となる特別な存在です。

例大祭

例祭は11月12日に行われます。

年間行事

7月第4日曜日に祇園祭が行われます。

比自岐神社に関連する目的別ページ

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近隣神社

同じ地域や分類に近い神社を合わせて見られます。

三重県開運

水屋神社

みずやじんじゃ

社伝では千年余り前に大和・春日大社の安在所として天児屋根命を祀ったことに始まり、大化4年(648年)に奈良の三笠山から素盞鳴命と龍神姫命を勧請したと伝える。和銅3年(710年)に興福寺東門院領「閼伽桶の庄」となり、慶長5年(1600年)の関ヶ原合戦以降は伊勢領に属した。南北朝期、文中2年(1373年)の棟札にも「大和州閼伽桶庄宮」と記されている。垂仁天皇の代に天照大神が当地を巡幸した際、鎮座してい

所在地
三重県松阪市飯高町赤桶2507
御祭神
天児屋根命、素盞鳴尊
三重県開運

平群神社

へぐりじんじゃ

創建年代は不詳です。古代豪族・平群氏の祖とされる平群木菟宿禰を主祭神とし、『日本書紀』が木菟宿禰は仁徳天皇と同じ日に生まれたと伝えることで知られます。その後裔が伊勢国へ移り住み、祖神を祀ったのが当社の始まりと伝えられています。延喜式内社に比定される古社で、社殿は平群山の東斜面に鎮座します。この地は倭建命が足を留めた場所という伝承も残り、境内には歌碑が建てられています。のちに武内宿禰、天照大神、大己

所在地
三重県桑名市志知3693
御祭神
平群木菟宿禰、武内宿禰
系統
出雲
三重県開運

名居神社

ないじんじゃ

創祀年代は不詳です。『日本書紀』には推古天皇7年(599年)に大和を中心とする大地震があり、四方に「なゐの神(地震の神)」を祀らせたと記されており、伊賀国におけるその一社が当社であると伝えられてきました。延喜式神名帳の伊賀国名張郡「名居神社」に比定される式内社で、旧社格は村社です。「なゐ」は本来「地」を意味する古語で、近世には地祇大明神・国津大明神と呼ばれ、国津神である大己貴命が主祭神とされるよう

所在地
三重県名張市下比奈知2092
御祭神
大己貴命、少彦名命
系統
出雲
三重県開運

官舎神社

かんしゃじんじゃ

延喜式神名帳に名を連ねる式内社で、もとは伊勢神宮の大宮司家である中臣氏の氏神であったと伝えられます。社伝では天平勝宝8年(756年)に、中臣氏の祖神を祀るため奈良の春日社を勧請したことに始まるとされます。延暦16年(797年)、伊勢へ下向する斎王らが滞在した離宮院の中に遷され、式内社「官舎神社」と称されるようになりました。戦国時代の戦乱で一度は荒廃しましたが、寛文3年(1663年)に再興されていま

所在地
三重県伊勢市小俣町本町1446
御祭神
建御雷之男神、経津主神