総社の神社
地域内の神々を合わせ祀る役割を持つ神社。
総社の神社一覧
18件中1-18件を表示しています。
総社神社
讃岐国の総社として坂出市林田町に鎮座します。古代の国司は着任すると国内の神社を順に巡拝する定めでしたが、その負担を軽くするため国府の近くに国内の神々をまとめて祀る総社が置かれるようになり、当社もその一つです。社伝では延長4年(926年)の創建と伝えられ、伊弉諾尊・伊弉冊尊のほか讃岐国中の大小の神々を合わせ祀ります。中世以降は兵火にたびたび見舞われ、嘉慶年間(1387〜1389年)に社殿を失った後、明徳元年(1390年)に讃岐守護の細川頼之が再建しました。天文20年(1551年)には三好氏の一族によって再興されましたが、天正年間(1573〜1592年)に再び焼失し、慶長2年(1597年)に社殿が建て直されています。近代の社格は郷社でした。
- 所在地
- 香川県坂出市林田町3001
- 御祭神
- 伊弉諾尊、伊弉冊尊
備中国総社宮
創建年代は不詳ですが、平安時代末期、備中国に赴任した国司が国内すべての神社を巡拝する手間を省くため、国府の近くに国内324社の神々を勧請して祀ったのが始まりと伝えられます。「総社」という地名もこれに由来します。室町時代には細川氏・毛利氏の崇敬を受け、戦火で社殿を焼失したのち正長2年(1429年)に再建。天正年間に再び焼失し、貞享4年(1687年)に再建されると彩色二十四孝の絵馬が奉納され、地元の豪商たちの寄進を集めて栄えました。明治5年(1872年)11月に県社に列格。昭和52年に本殿を焼失しましたが昭和54年に再建されています。境内には長い回廊や出雲式とされる神池・神島、近隣に類を見ない太さのオガタマノキがあり、平成6年には総社(跡)が総社市の重要文化財に指定されました。
- 所在地
- 岡山県総社市総社2丁目18-1
- 御祭神
- 大名持命、須世理姫命
都萬神社
宮崎県西都市妻に鎮座する延喜式内社で、日向国二之宮とされる。御祭神は木花開耶姫命。縁結び・安産・子育ての神として信仰され、「さいまんさま」とも呼ばれる。創建年代は明らかでないが、『続日本後紀』仁明天皇承和4年(837年)8月条に「日向国子湯郡妻神社」がみえるのが史書における初出で、『日本三代実録』天安2年(858年)にも神階昇格の記事がある。『延喜式神名帳』では日向国四座のうち児湯郡二座として都農神社とともに記載され、社伝はさらに古く奈良時代には鎮座していたと伝える。建久年間(1190〜1199年)に日向を領した伊東氏が供田を献じ、慶長8年(1603年)に佐土原へ封じられた島津氏も4代藩主忠高が妻村内315石を社領として安堵するなど、領主の崇敬を受けた。明治6年に県社に列格。境内には樹齢約1,200年と伝わる国指定天然記念物の大クス「妻のクス」があり、木花開耶姫命が三皇子を甘酒で育てたとの伝承から日本清酒発祥の地の碑も建つ。
- 所在地
- 宮崎県西都市大字妻1
- 御祭神
- 木花開耶姫命
- 系統
- 浅間
飯香岡八幡宮
社伝では白鳳4年(675年)の創祀と伝え、当初は六所御影神社と称したという。天平宝字3年(759年)には諸国の放生の地に鎮座する国府八幡宮と定められ、やがて上総国の総社として尊崇された。石清水八幡宮の別宮・市原八幡宮と記す史料も残る。源氏をはじめ千葉氏・足利氏・徳川氏など武家の崇敬を受け、歴代将軍から神輿や社殿の寄進を重ねている。祭神は誉田別尊ほか。本殿は室町時代の建立とされ国の重要文化財、拝殿は千葉県指定文化財で、県内の神社建築で本殿が国の重要文化財に指定されているのは香取神宮と当宮の二社のみである。境内には推定樹齢800年を超える県指定天然記念物の大イチョウ(夫婦銀杏)がある。秋の大祭で子育てや虫封じの祈願を受ける習わしから「子育て八幡」とも呼ばれる。
- 所在地
- 千葉県市原市八幡1057-1
- 御祭神
- 誉田別尊、息長帯姫尊
- 系統
- 八幡
気多神社
兵庫県豊岡市日高町上郷に鎮座する式内社で、但馬国の総社にあたる。旧社格は郷社。主祭神は大己貴命で、地元では「けたさん」と呼ばれ、近世までは「総社気多大明神」と称された。総社とは一国の主要な神社の神々を集めて祀る神社のことで、但馬国府が置かれたこの地域の中心的な社として崇敬されてきた。延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳には但馬国気多郡の「気多神社」として記載され、式内社に列している。『播磨国風土記』宍禾郡御方里条には、葦原志許乎命(大己貴命)と天日槍命が黒葛を投げ合って国を占う争いをし、葦原志許乎命の投げた黒葛3本のうち1本が但馬の気多郡に落ちたという伝承が記され、郡名を冠するこの社が相当古くから鎮座していたことをうかがわせる。鎌倉時代の『但馬国太田文』によれば、大般若田4町、三十講田1町5反という社領があったとされる。
- 所在地
- 兵庫県豊岡市日高町上郷字大門227
- 御祭神
- 大己貴命
- 系統
- 出雲
美作総社宮
美作国の総社にあたる神社で、国司が国内の神々をまとめて祀るために設けられた社に始まります。社伝では欽明天皇25年(564年)の創建と伝えますが、確実な文献に現れるのは戦国時代の永禄年間からです。美作国内の多数の神社を合わせ祀っており、中山神社・高野神社とともに美作三大社の一社に数えられてきました。現在の本殿は永禄5年(1562年)に毛利元就が再建したもので、明暦3年(1657年)に大規模な改修を受けています。桁行三間・梁間三間の入母屋造妻入・こけら葺で、美作地方独自の「中山造」と呼ばれる形式を伝える建築として、1914年(大正3年)に国の重要文化財(当時の特別保護建造物)に指定されました。江戸時代には津山藩主から篤い崇敬を受けています。
- 所在地
- 岡山県津山市総社427
- 御祭神
- 大己貴命、鏡作命
- 系統
- 出雲
玉若酢命神社
創建年代は不詳。かつて隠岐国府が置かれた地の近くに鎮座する『延喜式』神名帳記載の式内社で、隠岐国の総社とされる。主祭神の玉若酢命は隠岐の開拓に関わった地方神と伝えられる。宮司は大国主神の後裔と伝わる億岐家が代々務め、同家に伝世する隠岐国駅鈴・隠伎倉印や億岐家住宅は国の重要文化財。本殿は寛政5年(1793)の造営で、正面に茅葺の切妻屋根を見せる隠岐特有の「隠岐造」といわれる形式をもち、随神門とともに平成4年(1992)に国の重要文化財に指定された。参道にそびえる八百杉は樹齢約2000年と伝えられる巨木で、八百比丘尼が植えたという伝説から名づけられ、昭和4年(1929)に国の天然記念物に指定されている。毎年6月5日の御霊会風流では隠岐各地から神馬が参集する馬入れ神事が行われる。
- 所在地
- 島根県隠岐郡隠岐の島町下西701
- 御祭神
- 玉若酢命
鶴谷八幡宮
平安時代初期、安房国の総社として現在の南房総市府中に創建されたと伝わる。鎌倉時代、総社信仰の衰えと源氏による八幡信仰の高まりを受けて八幡宮に改められ、現在地へ遷座した。中世には里見氏、江戸時代には徳川幕府の崇敬を受け、社殿の造営や社領の寄進を得た。本殿は享保5年(1721)に造営されたが、大正12年(1923)の関東大震災で拝殿とともに倒壊し、昭和7年(1932)に再建された。拝殿の向拝天井には、慶応2年(1866)に安房の彫工・初代後藤義光が手がけた彫刻「百態の龍」がある。昭和15年(1940)に県社に列格し、昭和51年(1976)に現社名に改称。9月の例祭「やわたんまち」(安房国司祭)は国司祭の伝統を受け継ぐ房州最大の祭りで、千葉県指定無形民俗文化財となっている。
- 所在地
- 千葉県館山市八幡68
- 御祭神
- 品陀和気命、帯中津彦命
- 系統
- 八幡
伊加奈志神社
「延喜式神名帳」に記される伊予国越智郡七座のうちの一社(式内社)で、五柱命・五十日足彦命・伊迦賀色許男命を祀る。古くから「総社明神」と呼ばれ、伊予国総社の論社とされる。この地に国造として派遣された物部氏系の一族が祖神・伊迦賀色許男命を祀ったのが起源とする説があり、鎮座地の地名「五十嵐(いかなし)」も「伊迦賀色許」が転じたものと伝わる。今治藩主の祈願所として崇敬されたが、安政5年(1858)の火災で社殿とともに古文書や宝物の多くを失った。
- 所在地
- 愛媛県今治市五十嵐甲635
- 御祭神
- 五柱命、五十日足彦命
府中八幡宮
創建は養老4年(720)とも貞観12年(870)とも伝えられ、宇佐八幡宮または石清水八幡宮から分霊を勧請したのに始まるとされる。越後国府の地にあって歴代国司の崇敬を受け、越後の総社と位置づけられてきた古社である。中世には上杉氏の崇敬を受けたが御館の乱の戦火で焼失し、寛永9年(1632)に高田藩主松平光長により再建された。祭神は誉田別尊。上越市指定文化財の鰐口や府中八幡宮文書が伝わり、直江津の歴史を今に伝えている。
- 所在地
- 新潟県上越市西本町3-5-15
- 御祭神
- 誉田別尊
- 系統
- 八幡
石部神社
『延喜式』神名帳の加賀国能美郡に載る式内社で、加賀国の総社とされる。社地はかつて「船南山」と呼ばれ、弘仁14年(823)に加賀国が立国された際には国府の南にあたることから「府南社」とも称され、歴代国司の崇敬を受けた。祭神は櫛日方別命。慶長年間には小松城主・丹羽長重が社殿を改築し、寛永年間には加賀藩主・前田利常が神宝を奉納した。明治5年(1872)に郷社に列し、明治39年(1906)に神饌幣帛料供進神社に指定。現在の社殿は昭和37年(1962)に改築されたもの。
- 所在地
- 石川県小松市古府町カ169
- 御祭神
- 櫛日方別命
佐波神社
周防国の総社。もとは金切神社(金切社)と称し、社伝では仲哀天皇が筑紫征伐の折に立ち寄ったと伝えられる古社で、周防国府に近く歴代の国司が参拝したと伝わる。明治40年(1907年)に金切社へ村社の勝間神社・日吉神社・八幡宮を合併して佐波神社と改称し、大正11年(1922年)に県社に列した。天照皇大神をはじめとする十三柱を祀る。鳥居脇には防府出身の作曲家・大村能章の顕彰碑と歌碑が立つ。
- 所在地
- 山口県防府市惣社町6番2号
尾張大国霊神社
尾張大国霊神社は、尾張地方の国霊神である尾張大國霊神を祀る古社。尾張の人々がこの地を開拓し、日々の糧を生み出す国土の霊力を神として敬ったことに由来するとされる。国府宮の名で親しまれ、尾張総社として地域の崇敬を集めてきた。
- 所在地
- 愛知県稲沢市国府宮1丁目1-1
- 御祭神
- 尾張大国霊神
六所神社
六所神社は、崇神天皇の時代に出雲地方から移住した氏族が柳田郷を開き、祖神である櫛稲田姫命・素盞嗚尊・大己貴尊を石神台に祀ったことに始まると伝えられる。古くは柳田大神と称され、相模国府域の信仰を担った。
- 所在地
- 神奈川県中郡大磯町国府本郷935
- 御祭神
- 櫛稲田姫命、須佐之男命
- 系統
- 八幡
射楯兵主神社
射楯兵主神社は、射楯大神と兵主大神を祀る播磨国総社。播磨国内の大小明神を合わせ祀り、国司が国内諸社を一所で祭祀した総社の歴史を伝える。姫路城下の総鎮守としても崇敬されてきた。
- 所在地
- 兵庫県姫路市総社本町190
- 御祭神
- 射楯大神、兵主大神
- 系統
- 兵主
淡海國玉神社
淡海國玉神社は、遠江国の総社で、大国主命ほか十六柱を祀る。創立年代は不詳ながら平安時代初期と伝えられ、遠江国内の神々を合わせ祀る社として国府祭祀を担った。見付の総社として地域の崇敬を受けている。
- 所在地
- 静岡県磐田市見付2451
- 御祭神
- 大國主命
- 系統
- 出雲
備前国総社宮
備前国総社宮は、平安時代ごろに成立したと推定される総社。備前国内の百二十八社の祭神を合祀し、国司が国内の諸社を巡拝する代わりに総社で祭祀を行ったことに由来する。一社に参ることで備前国内の諸社を参拝したことになると伝えられている。
- 所在地
- 岡山県岡山市中区祇園596
- 御祭神
- 大己貴命
- 系統
- 出雲
常陸國總社宮
常陸國總社宮は、常陸国府の近く、筑波山と霞ヶ浦を望む地に創建された総社。国司が国内諸社を巡拝する代わりに祭祀を行った総社の伝統を受け継ぎ、国衙跡や日本武尊ゆかりの神石とともに常陸国の古い信仰を伝えている。
- 所在地
- 茨城県石岡市総社二丁目8-1
- 御祭神
- 伊弉諾尊、大国主尊
- 系統
- 出雲