由緒
平安時代初期、安房国の総社として現在の南房総市府中に創建されたと伝わる。鎌倉時代、総社信仰の衰えと源氏による八幡信仰の高まりを受けて八幡宮に改められ、現在地へ遷座した。中世には里見氏、江戸時代には徳川幕府の崇敬を受け、社殿の造営や社領の寄進を得た。本殿は享保5年(1721)に造営されたが、大正12年(1923)の関東大震災で拝殿とともに倒壊し、昭和7年(1932)に再建された。拝殿の向拝天井には、慶応2年(1866)に安房の彫工・初代後藤義光が手がけた彫刻「百態の龍」がある。昭和15年(1940)に県社に列格し、昭和51年(1976)に現社名に改称。9月の例祭「やわたんまち」(安房国司祭)は国司祭の伝統を受け継ぐ房州最大の祭りで、千葉県指定無形民俗文化財となっている。