由緒
太平山(標高1,170m)の山頂に奥宮を、秋田市広面赤沼に里宮を構える。社伝では天武天皇の白鳳2年(673)に役小角が開いたとされ、延暦20年(801)には坂上田村麻呂が東征にあたって戦勝を祈り、堂宇を建てたと伝わる。このとき納められた御鏑(かぶら)は、今も神宝として受け継がれている。祀られているのは大己貴大神・少彦名大神・三吉霊神の三柱。薬師信仰と修験の山として仰がれてきた太平山に、力と勝負の神である三吉霊神への信仰が結びつき、秋田藩主の佐竹家も代々篤く敬った。明治元年の戊辰戦争での霊験に感謝した佐竹家は、太平山を遥拝できる雪見御殿の地を神社に寄進し、そこが現在の里宮となった。北日本各地にある三吉神社や太平山講・三吉講の総本宮とされ、「みよしさん」「さんきちさん」と呼ばれて親しまれている。