Shrine

名居神社ないじんじゃ

三重県に鎮座する出雲系の神社です。御祭神は大己貴命、少彦名命、天児屋根命。開運のご利益で知られます。

由緒

創祀年代は不詳です。『日本書紀』には推古天皇7年(599年)に大和を中心とする大地震があり、四方に「なゐの神(地震の神)」を祀らせたと記されており、伊賀国におけるその一社が当社であると伝えられてきました。延喜式神名帳の伊賀国名張郡「名居神社」に比定される式内社で、旧社格は村社です。「なゐ」は本来「地」を意味する古語で、近世には地祇大明神・国津大明神と呼ばれ、国津神である大己貴命が主祭神とされるようになりました。元伊勢の伝承地の一つにも数えられます。境内には興玉神社と山神社が祀られ、皇大神宮と橿原神宮の遙拝所も設けられています。

名居神社は何の神様?

名居神社の御祭神は大己貴命、少彦名命、天児屋根命、市杵島姫命、事代主命、蛭子命です。

大己貴命

国土経営・縁結びの神。大己貴命の別名。出雲大社の主祭神として縁結びのご利益がある。 代表的な神社としては出雲大社、常陸国出雲大社、当別神社などが挙げられます。 総本社格としては出雲大社がよく知られ、各地の出雲系神社の中心的存在です。 別名として「大己貴命」とも記されます。 検索時は 大己貴命 でも参照できます。

少彦名命

小さな神で医学・酒造りの神。大己貴命と共に国土経営を行った。 代表的な神社としては北海道神宮や旭川神社が挙げられます。

天児屋根命

神議の神。春日大社の神として祝われる。学問・知恵のご利益がある。 代表的な神社としては春日大社が挙げられます。 春日信仰の中心は春日大社で、中臣氏・藤原氏の祖神として重んじられます。

市杵島姫命

天照大御神と素戔嗚尊の誓約から生まれた三柱の女神。海上安全・交通安全のご利益がある。 代表的な神社としては厳島神社、宗像大社、善知鳥神社などが挙げられます。 信仰の中心は福岡の宗像大社で、海上守護の神として厳島神社でも広く親しまれています。

事代主命

大己貴命の子。漁業・商売繁盛の神として信仰される。えびす大神と同一視される。 代表的な神社としては今宮戎神社が挙げられます。 えびす信仰では今宮戎神社や西宮神社が有名で、商売繁盛の神として親しまれます。 別名・関連表記として「八重事代主神」「積羽八重事代主神」とも記されます。 検索時は 八重事代主神・積羽八重事代主神 でも参照できます。

例大祭

例祭は11月3日に行われます。

名居神社に関連する目的別ページ

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近隣神社

同じ地域や分類に近い神社を合わせて見られます。

三重県開運

平群神社

へぐりじんじゃ

創建年代は不詳です。古代豪族・平群氏の祖とされる平群木菟宿禰を主祭神とし、『日本書紀』が木菟宿禰は仁徳天皇と同じ日に生まれたと伝えることで知られます。その後裔が伊勢国へ移り住み、祖神を祀ったのが当社の始まりと伝えられています。延喜式内社に比定される古社で、社殿は平群山の東斜面に鎮座します。この地は倭建命が足を留めた場所という伝承も残り、境内には歌碑が建てられています。のちに武内宿禰、天照大神、大己

所在地
三重県桑名市志知3693
御祭神
平群木菟宿禰、武内宿禰
系統
出雲
三重県開運

波氐神社

はてじんじゃ

創建年代は不詳だが、社伝では延暦20年(801年)に伝教大師によって社殿が改造されたとされ、桓武天皇の代には既に祀られていたと伝える。それから約100年後に成立した『延喜式』神名帳に載る伊勢国一志郡の式内社で、古来より矢頭山を中心に信仰されてきた。伊勢国司の北畠氏も崇敬篤く、神領を寄進して社の経営を助けたという。波瀬村には矢頭山の神を祀る社が3社あり、村の中央に鎮座する小矢頭神社を本宮、約6km離

所在地
三重県津市一志町波瀬4248
御祭神
火雷神、安閑天皇
系統
出雲
大阪府縁結び開運

枚岡神社

ひらおかじんじゃ

河内国一之宮とされる枚岡神社の起こりは、神武天皇の即位3年前と伝わる。東征の途上、天皇の命を受けた天種子命が国土平定を祈り、霊地とされる神津嶽(かみつだけ)に磐境を設けて天児屋根命と比売御神を祀ったのが始まりという。白雉元年(650)に平岡連らによって山麓の現社地へ遷り、神護景雲2年(768)に二神が春日の地に迎えられて春日神社(現・春日大社)に祀られたことから「元春日」と呼ばれる。宝亀9年(77

所在地
大阪府東大阪市出雲井町7-16
御祭神
天児屋根命、比売御神
系統
出雲
和歌山県縁結び開運

淡嶋神社

あわしまじんじゃ

公式サイトの社伝によれば、神功皇后が三韓からの帰路に瀬戸の海上で嵐に遭い、船の苫を海に投げてその流れに従えという神託のとおりに進んだところ、友ヶ島にたどり着いた。島には少彦名命と大己貴命が祀られており、皇后は救われた礼として持ち帰った宝物を供えたという。のちに孫の仁徳天皇が同島を訪れ、島では不自由であろうと対岸の加太へ社を遷して社殿を建てたのが当社の起こりと伝える。祭神は少彦名命・大己貴命・息長足

所在地
和歌山県和歌山市加太116
御祭神
少彦名命、大己貴命
系統
出雲