Shrine

日雲神社ひくもじんじゃ

滋賀県に鎮座する神社です。御祭神は天御中主神。開運のご利益で知られます。

由緒

創祀年代は不詳。伊勢神道の五部書『倭姫命世記』が伝える元伊勢「甲可日雲宮」を起源とする社伝をもつ古社で、鎮座地の小字にちなみ古くは「上野山天神」「牧村天満宮」と呼ばれた。もとは牧・宮町・黄瀬の三村の氏神であったが、文政5年(1822)に宮町と黄瀬が氏子から離れ、以後は牧の氏神となった。別当寺の天徳寺は明治の神仏分離により廃された。明治9年(1876)に村社に列し、同18年(1885)に現在の社名へ改められた。祭神は天御中主神。本殿は三間社流造・檜皮葺で元禄4年(1691)の建造と伝わり、中世以来の近江の流造本殿の系譜を伝えるものとして国の登録有形文化財となっている。境内には嘉元4年(1306)の刻銘をもつ六角形石灯籠(甲賀市指定文化財)があり、参道を信楽高原鐵道の線路が横切る珍しい景観でも知られる。

基本情報

この神社について

御祭神
天御中主神
ご利益
開運

アクセス・参拝情報

所在地
滋賀県甲賀市信楽町牧75
アクセス
信楽高原鐵道・雲井駅から徒歩約5分。JR草津線や近江鉄道の貴生川駅から信楽高原鐵道に乗り換え、雲井駅で下車します。

日雲神社は何の神様?

日雲神社の御祭神は天御中主神です。

例大祭

例祭は5月5日に執り行われます。

日雲神社に関連する目的別ページ

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近隣神社

同じ地域や分類に近い神社を合わせて見られます。

大阪府開運

建水分神社

たけみくまりじんじゃ

社伝によれば崇神天皇5年、天皇が諸国に池や溝を開いて農事を勧めた際、金剛葛城の山麓に水神を祀ったのが創建とされる。天御中主神を中心に天水分神・国水分神・罔象女神・瀬織津姫神の五柱を祀り、霊峰金剛山の総鎮守、付近十八ヶ村の産土神として崇敬されてきた。建武元年(1334)には後醍醐天皇の勅により、当地を本拠とした楠木氏の楠木正成が山下にあった社殿を現在の山上へ遷して再建。この本殿三棟は国の重要文化財に

所在地
大阪府南河内郡千早赤阪村大字水分357
御祭神
天御中主神、天水分神
滋賀県開運

還来神社

もどろぎじんじゃ

祭神の藤原旅子は太政大臣・藤原百川の娘で、桓武天皇の妃となり淳和天皇を生んだ。社伝によれば、龍華の荘(現在の大津市伊香立途中町・上龍華町・下龍華町)は藤原氏の食邑地で旅子の生誕地にあたり、延暦7年(788年)に没した際「生地である比良南麓の梛の大木の下に葬れ」と遺命したことから、この地に神霊として祀られたという。平治の乱(1159年)で敗走した源義朝の一行が当社で白羽鳴鏑の矢を献じて武運長久を祈り

所在地
滋賀県大津市伊香立途中町518
御祭神
藤原旅子霊
滋賀県開運

鹽津神社

しおつじんじゃ

創祀の年代は不詳ですが、『延喜式神名帳』に近江国浅井郡の式内社として記される「鹽津神社」の論社とされ、香取神社・香取五神社とともに比定候補に挙げられています。祭神は製塩や航海を司るとされる塩土老翁神で、彦火火出見尊と豊玉姫尊を配祀します。鎮座地の塩津浜は琵琶湖の最北端にあたり、日本海側と湖上水運を結ぶ港として古くから開けた土地で、社名も地名と結びついています。近代の社格では明治9年(1876年)に

所在地
滋賀県長浜市西浅井町塩津浜547
御祭神
塩土老翁神、彦火火出見尊
滋賀県開運

上許曾神社

かみこそじんじゃ

近江国浅井郡に鎮座する式内社で、『延喜式』神名帳に載る近江国155座のうち浅井郡14社の一つに数えられる。社伝によれば桓武天皇の延暦8年(789年)、参議・橘奈良麻呂が詔を受けて草野姫命を勧請し、上許曽社と称したのが創建という。仁寿元年(851年)には正六位を授けられたと伝わる。治承年間(1177〜81年)に相殿として4柱の神を合わせ祀った。一帯は古く草野郷・上草野郷、のちに上許曽庄などと呼ばれた

所在地
滋賀県長浜市高山町2
御祭神
草野姫命