Shrine

上許曾神社かみこそじんじゃ

滋賀県に鎮座する神社です。御祭神は草野姫命。開運のご利益で知られます。

由緒

近江国浅井郡に鎮座する式内社で、『延喜式』神名帳に載る近江国155座のうち浅井郡14社の一つに数えられる。社伝によれば桓武天皇の延暦8年(789年)、参議・橘奈良麻呂が詔を受けて草野姫命を勧請し、上許曽社と称したのが創建という。仁寿元年(851年)には正六位を授けられたと伝わる。治承年間(1177〜81年)に相殿として4柱の神を合わせ祀った。一帯は古く草野郷・上草野郷、のちに上許曽庄などと呼ばれた地で、社名もこの地名に由来する。明治9年(1876年)に村社、明治15年(1882年)に郷社へ列格した。本殿は入母屋造で、境内には大杉が育ち、上草野の地の鎮守として今日まで祀られている。

上許曾神社は何の神様?

上許曾神社の御祭神は草野姫命です。

例大祭

例祭は4月10日に執り行われる。

上許曾神社に関連する目的別ページ

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近隣神社

同じ地域や分類に近い神社を合わせて見られます。

滋賀県開運

還来神社

もどろぎじんじゃ

祭神の藤原旅子は太政大臣・藤原百川の娘で、桓武天皇の妃となり淳和天皇を生んだ。社伝によれば、龍華の荘(現在の大津市伊香立途中町・上龍華町・下龍華町)は藤原氏の食邑地で旅子の生誕地にあたり、延暦7年(788年)に没した際「生地である比良南麓の梛の大木の下に葬れ」と遺命したことから、この地に神霊として祀られたという。平治の乱(1159年)で敗走した源義朝の一行が当社で白羽鳴鏑の矢を献じて武運長久を祈り

所在地
滋賀県大津市伊香立途中町518
御祭神
藤原旅子霊
滋賀県開運

鹽津神社

しおつじんじゃ

創祀の年代は不詳ですが、『延喜式神名帳』に近江国浅井郡の式内社として記される「鹽津神社」の論社とされ、香取神社・香取五神社とともに比定候補に挙げられています。祭神は製塩や航海を司るとされる塩土老翁神で、彦火火出見尊と豊玉姫尊を配祀します。鎮座地の塩津浜は琵琶湖の最北端にあたり、日本海側と湖上水運を結ぶ港として古くから開けた土地で、社名も地名と結びついています。近代の社格では明治9年(1876年)に

所在地
滋賀県長浜市西浅井町塩津浜547
御祭神
塩土老翁神、彦火火出見尊
滋賀県開運

波久奴神社

はくぬじんじゃ

滋賀県長浜市高畑町に鎮座する式内社で、旧社格は郷社。創建の年代は明らかでない。配祀の物部守屋大連については、用明天皇2年(587年)の争いで蘇我馬子に敗れた守屋が漆部小坂を伴って自らの領地であった当地へ逃れ、追跡を避けるため同年10月に小谷山東峡の岩窟へ隠れ、その後は萩の茂る高畑の地に草庵を結んで「萩生翁」と名を偽りながら里人を教化したという伝承が残る。没後、里人がその徳を偲んで祠を建て「正一位萩

所在地
滋賀県長浜市高畑町296
御祭神
高皇産霊神、物部守屋大連
滋賀県安産子宝

吉姫神社

よしひめじんじゃ

滋賀県湖南市石部東に鎮座する古社で、同じ湖南市内の吉御子神社と女神・男神の対をなす関係にあると伝えられる。吉御子神社側の由緒によれば、垂仁天皇2年に宇加之彦の子である吉比古・吉比女の二神を神籠(ひもろぎ)を建てて祀ったことに始まり、承平5年(935年)に両神を末社から本社へ遷して吉御子神社と称するようになったという。当社はこのうち女神である吉比女(吉姫)を祀る社にあたる。社に伝わる木造狛犬は南北朝

所在地
滋賀県湖南市石部東8-4-1
御祭神
木花開耶姫、上鹿葺津姫
系統
浅間