Shrine

鹽津神社しおつじんじゃ

滋賀県に鎮座する神社です。御祭神は塩土老翁神、彦火火出見尊、豊玉姫尊。開運のご利益で知られます。

由緒

創祀の年代は不詳ですが、『延喜式神名帳』に近江国浅井郡の式内社として記される「鹽津神社」の論社とされ、香取神社・香取五神社とともに比定候補に挙げられています。祭神は製塩や航海を司るとされる塩土老翁神で、彦火火出見尊と豊玉姫尊を配祀します。鎮座地の塩津浜は琵琶湖の最北端にあたり、日本海側と湖上水運を結ぶ港として古くから開けた土地で、社名も地名と結びついています。近代の社格では明治9年(1876年)に村社、明治17年(1884年)に郷社へ加列されました。本殿は一間社流造で、神紋は三ッ巴。境内社として八幡神社・琴平神社・愛宕神社が祀られています。平成20年(2008年)には近隣の遺跡から神像5体が出土し、当社との関わりが研究の対象となっています。

鹽津神社は何の神様?

鹽津神社の御祭神は塩土老翁神彦火火出見尊豊玉姫尊です。

塩土老翁神

海の神。漁業・航海安全のご利益がある。塩筒大神と同一視されることもある。 代表的な神社としては鹽竈神社が挙げられます。 旧字体表記の「鹽土老翁神」でも知られます。 検索時は 鹽土老翁神 でも参照できます。

例大祭

例祭は4月18日に行われます。

鹽津神社に関連する目的別ページ

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近隣神社

同じ地域や分類に近い神社を合わせて見られます。

大阪府厄除け病気平癒

開口神社

あぐちじんじゃ

神功皇后が三韓からの帰途、石津浜での戦勝祈願の折に老漁師が献上した鯛を吉祥とし、塩土老翁の御魂を祀るよう詔したのが創建と伝わる古社。延喜式神名帳に記載された和泉国大鳥郡の式内社で、塩土老翁神・素盞嗚神・生国魂神の三柱を祀る。天永4年(1113)には三つの村の神社を併合して現在の形となった。「大寺さん」の通称で堺の人々に親しまれ、天正14年(1586)には豊臣秀吉から朱印状を受け、明治35年(190

所在地
大阪府堺市堺区甲斐町東 2丁目 1番29号
御祭神
塩土老翁神、素盞嗚神
系統
八坂
福井県開運

若狭彦神社

わかさひこじんじゃ

若狭国一宮。社伝では、遠敷川の清流が巨巌に突き当たって淵をなす鵜ノ瀬に若狭彦神・若狭姫神が降臨し、和銅7年(714年)に白石の里へ示現したと伝える。永久の鎮座地を求めて若狭国内を巡歴したのち、霊亀元年(715年)9月10日に竜前の現在地へ鎮まったのが当社(上社)で、6年後の養老5年(721年)に遠敷へ若狭姫神社(下社)が分祀された。『延喜式』神名帳には若狭国遠敷郡「若狭比古神社二座 名神大」と載り

所在地
福井県小浜市竜前28-7
御祭神
彦火火出見尊
滋賀県開運

還来神社

もどろぎじんじゃ

祭神の藤原旅子は太政大臣・藤原百川の娘で、桓武天皇の妃となり淳和天皇を生んだ。社伝によれば、龍華の荘(現在の大津市伊香立途中町・上龍華町・下龍華町)は藤原氏の食邑地で旅子の生誕地にあたり、延暦7年(788年)に没した際「生地である比良南麓の梛の大木の下に葬れ」と遺命したことから、この地に神霊として祀られたという。平治の乱(1159年)で敗走した源義朝の一行が当社で白羽鳴鏑の矢を献じて武運長久を祈り

所在地
滋賀県大津市伊香立途中町518
御祭神
藤原旅子霊
滋賀県開運

上許曾神社

かみこそじんじゃ

近江国浅井郡に鎮座する式内社で、『延喜式』神名帳に載る近江国155座のうち浅井郡14社の一つに数えられる。社伝によれば桓武天皇の延暦8年(789年)、参議・橘奈良麻呂が詔を受けて草野姫命を勧請し、上許曽社と称したのが創建という。仁寿元年(851年)には正六位を授けられたと伝わる。治承年間(1177〜81年)に相殿として4柱の神を合わせ祀った。一帯は古く草野郷・上草野郷、のちに上許曽庄などと呼ばれた

所在地
滋賀県長浜市高山町2
御祭神
草野姫命