由緒
弘仁8年(817年)、東国への布教のため東山道を下った伝教大師最澄が、地元郡司の帰依を受けて近江・日吉大社の大宮(大己貴大神)・二宮(大山咋大神)・宇佐宮・樹下宮の四社を勧請し創建したと伝えます。のちに慈覚大師円仁が客人宮・牛尾宮・三宮の三社を加え、山王七社として七柱を祀る形が整いました。平安期以降は延暦寺領・平野荘の鎮守として崇敬を集め、岐阜県独自の社格である金幣社に列しています。室町時代後期に建てられた三重塔は国の重要文化財、本殿は岐阜県指定重要文化財で、神輿および百八燈明台は岐阜県指定重要有形民俗文化財。三重塔は令和6年(2024年)7月に火災で被災しましたが修復工事が行われ、令和8年(2026年)3月に修復完了報告祭が営まれました。