由緒
欽明天皇の御代(539〜571)、止美連吉雄が蛭子大神の神託を受けて堀江で玉を得、これを御霊代として富島に祀った瓊見社・止美社が創祀と伝わる。白雉2年(651)に少彦名命、大宝3年(703)に天太玉命を相殿に祀り御祭神三座となった。平治の乱(1159)を避けて丹波国山家に動座したが、文和年間(1352〜55)に現在地へ遷座再興された。江戸時代中期からは「十日戎」が年々盛大となり、「ミナミの今宮、キタの堀川」と並び称され「堀川のえべっさん」と親しまれてきた。明治40年(1907)に数社を合併して堀川神社となり村社に列格。昭和20年の戦災で全建物を焼失したが順次復興し、昭和38年に現在の本殿が再建された。