由緒
社伝によると、景行天皇58年に皇子・稲背入彦命が大和国穴師の地に八千矛神を祀ったのが始まりとされる。近江国高穴穂宮への遷都に伴い穴太へ遷り、欽明天皇の御代を経て養老2年(718年)、現在の野洲市五条の地に社殿を造営し鎮座したと伝わる。御祭神の八千矛神は大国主神の別名で、手名椎神・足名椎神を配祀する。延喜式神名帳に名神大社として名を連ねる古社で、近江国屈指の格式を誇り、1915年には県社に列せられた。境内の鳥居と楼門は足利尊氏の寄進と伝えられ、平安時代の作庭とされる池泉回遊式庭園は国の名勝に指定されている。2018年には鎮座1300年の節目を迎えた。