Shrine

葛城神社妙見宮かつらぎじんじゃみょうけんぐう

福岡県に鎮座する神社です。御祭神は天之御中主神、高皇産霊神、神皇産霊神。開運のご利益で知られます。

由緒

承保3年(1076)、葛城山の天降(あまふり)の峰に向かって三つの大きな星が光を放ちながら降るのを村人が目にし、その場所へ行くと光り輝く童子が現れて「妙見三神を祀る三殿の祠を建てて崇めれば郷里は栄え五穀は豊かに実る」と告げたため、人々が力を合わせて葛城山上に祠を建てたのが創建と伝わる。祀るのは天之御中主神・高皇産霊神・神皇産霊神の妙見三神で、北極星・北斗七星を神格化した妙見信仰の社である。永保2年(1082)に大干ばつが起きた際、神主が雨乞いの祈祷を行うと大雨が降り、その返礼に神楽を舞ったことが「岩丸神楽」の起こりとされ、現在は築上町の無形民俗文化財として伝えられている。鎮座から900年以上を数える、周防灘に面した築上の地の古社である。

基本情報

この神社について

御祭神
天之御中主神高皇産霊神神皇産霊神
ご利益
開運

アクセス・参拝情報

所在地
福岡県築上郡築上町奈古111
アクセス
JR日豊本線・椎田駅から車で約5分。椎田道路の椎田インターチェンジからも約5分、小倉東インターチェンジからは国道10号経由で約50分です。

公式情報・問い合わせ

公式サイト
www5.hp-ez.com
電話番号
0930-56-2915

葛城神社妙見宮は何の神様?

葛城神社妙見宮の御祭神は天之御中主神、高皇産霊神、神皇産霊神です。

天之御中主神

天地初発の神。宇宙の中心に坐す最高神。全ての神々の根源とされる。 代表的な神社としては秩父神社が挙げられます。 代表社としては妙見信仰や秩父神社などが挙げられ、天地開闢の根源神として特別視されます。

例大祭

例祭は9月30日に執り行われます。

年間行事

元旦祭(1月1日)、祈年祭(3月15日)、春季神幸祭(5月5日)、秋季祭(9月第3日曜日)、新嘗祭(11月30日)、除夜祭(12月31日)などが行われます。

よくある質問

葛城神社妙見宮の参拝前に確認したい情報をまとめます。

葛城神社妙見宮の例大祭はいつですか?

例祭は9月30日に執り行われます。

葛城神社妙見宮にはどのような年間行事がありますか?

元旦祭(1月1日)、祈年祭(3月15日)、春季神幸祭(5月5日)、秋季祭(9月第3日曜日)、新嘗祭(11月30日)、除夜祭(12月31日)などが行われます。

葛城神社妙見宮の公式情報はどこで確認できますか?

葛城神社妙見宮の公式情報は公式サイトで確認できます。参拝前に最新の受付時間や祭事情報を確認してください。

葛城神社妙見宮に関連する目的別ページ

ご利益や御朱印情報を、地域で絞り込んで確認できます。

近隣神社

同じ地域や分類に近い神社を合わせて見られます。

熊本県開運

八代神社

やつしろじんじゃ

熊本県八代市妙見町に鎮座し、「妙見宮」の名で親しまれる。社伝によれば妙見神は680年(白鳳9年)の秋、中国の明州から亀蛇(きだ)の背に乗って海を渡り、八代郡竹原津に上陸したと伝えられる。その後、益城郡の千代松峯を経て758年に八代郡横嶽の嶺へ移って上宮が開かれ、795年に桓武天皇の勅願で上宮の社殿が、1160年に二条天皇の勅願で中宮が、1186年に後鳥羽天皇の勅願で下宮が創建されたという。信仰は北

所在地
熊本県八代市妙見町405
御祭神
天之御中主神、国常立尊
福岡県開運

味水御井神社

うましみずみいじんじゃ

久留米市の東、高良山の西麓に鎮座する筑後国の総社で、高良大社の境外末社にあたる。社名の「うましみず」が示すとおり境内には今も清らかな水が湧き、古くから「朝妻の清水」と呼ばれて信仰を集めてきた。天慶7年(944年)の筑後国神名帳に社名が見えることから、遅くとも平安時代中期には成立していたと考えられ、かつては朝妻社とも称された。祀られるのは水を司る水波能売命である。社の周辺には7世紀後半から12世紀後

所在地
福岡県久留米市御井朝妻1丁目5-1
御祭神
水波能売命
福岡県開運

細石神社

さざれいしじんじゃ

創建年代は不詳で、古くは「佐々禮石神社」と表記された旧村社。鎮座する三雲の地は魏志倭人伝にみえる伊都国の中心部と推定されており、神社の西側には伊都国の王と后の墓とみられる国史跡・三雲南小路遺跡がある。元禄8年(1695年)の「細石神社御縁起」によれば、かつては神田も多い大社であったが、たびたびの兵乱で社殿を焼失し、さらに天正15年(1587年)の豊臣秀吉による太閤検地で神田を没収されて衰退したとい

所在地
福岡県糸島市三雲432
御祭神
磐長姫命、木之花開耶姫命
滋賀県開運

波久奴神社

はくぬじんじゃ

滋賀県長浜市高畑町に鎮座する式内社で、旧社格は郷社。創建の年代は明らかでない。配祀の物部守屋大連については、用明天皇2年(587年)の争いで蘇我馬子に敗れた守屋が漆部小坂を伴って自らの領地であった当地へ逃れ、追跡を避けるため同年10月に小谷山東峡の岩窟へ隠れ、その後は萩の茂る高畑の地に草庵を結んで「萩生翁」と名を偽りながら里人を教化したという伝承が残る。没後、里人がその徳を偲んで祠を建て「正一位萩

所在地
滋賀県長浜市高畑町296
御祭神
高皇産霊神、物部守屋大連