由緒
三重県津市美杉町川上、伊勢・伊賀・大和の国境に近い雲出川水源の地に鎮座する。創建の年代は明らかでないが、社伝によれば、家城から奥の一帯は磐之媛皇后の御領地「岩野郷」で、仁徳天皇がこの郷の開拓に努めたという。履中天皇の御代(5世紀初め)、郷民が仁徳天皇と磐之媛皇后の遺徳を慕い、伊勢平野を見下ろす修験業山の麓のこの清らかな地を選んで社を設け、両者の御魂を祀ったのが日本最古の若宮八幡宮であると伝えられる。社殿の創始以前から、修験業山の自然の磐座である高宮に国津神・天津神・八百萬神を尊崇してきたことが創建の淵源とされる。中世は修験道の霊場となり、伊勢国司北畠氏は当社の加護を頼って隣村多気に居城を構え、春秋の大祭には自ら参詣した。江戸時代の津藩主藤堂家も北畠氏の故事にならって篤く崇敬し、代々の祈願所とした。