Shrine

川上山若宮八幡宮かわかみさんわかみやはちまんぐう

三重県に鎮座する八幡系の神社です。勝負運・厄除け・スポーツのご利益で知られます。

由緒

三重県津市美杉町川上、伊勢・伊賀・大和の国境に近い雲出川水源の地に鎮座する。創建の年代は明らかでないが、社伝によれば、家城から奥の一帯は磐之媛皇后の御領地「岩野郷」で、仁徳天皇がこの郷の開拓に努めたという。履中天皇の御代(5世紀初め)、郷民が仁徳天皇と磐之媛皇后の遺徳を慕い、伊勢平野を見下ろす修験業山の麓のこの清らかな地を選んで社を設け、両者の御魂を祀ったのが日本最古の若宮八幡宮であると伝えられる。社殿の創始以前から、修験業山の自然の磐座である高宮に国津神・天津神・八百萬神を尊崇してきたことが創建の淵源とされる。中世は修験道の霊場となり、伊勢国司北畠氏は当社の加護を頼って隣村多気に居城を構え、春秋の大祭には自ら参詣した。江戸時代の津藩主藤堂家も北畠氏の故事にならって篤く崇敬し、代々の祈願所とした。

基本情報

この神社について

ご利益
勝負運厄除けスポーツ
系統・信仰
八幡

アクセス・参拝情報

アクセス
JR名松線伊勢奥津駅から市営バス川上行きに乗り「川上」下車、徒歩約15分。車では伊勢自動車道久居ICから国道165号・県道久居美杉線経由で約80分。

公式情報・問い合わせ

公式サイト
isekawakamisan.com
電話番号
059-274-0157

年間行事

毎月17日には各地から参加者が集まり、子の刻から雲出川水源の禊滝をはじめ数多くの滝でみそぎ修法が行われる。日付を限らず随時参加を受け付けているが、社務所への問い合わせが必要とされている。

川上山若宮八幡宮に関連する目的別ページ

ご利益や御朱印情報を、地域で絞り込んで確認できます。

近隣神社

同じ地域や分類に近い神社を合わせて見られます。

三重県勝負運厄除け

津八幡宮

つはちまんぐう

建武年間(1334〜38)に山城国男山の石清水八幡宮の分霊を垂水村千歳山に勧請したのが起源と伝わる。津藩2代藩主・藤堂高次が鷹狩の際に当社で雨宿りをした縁で崇敬を寄せ、寛永9年(1632)正月に藤方村の現在地へ社殿を遷して造営し、藩祖・藤堂高虎の神霊も合祀された。寛永21年(1644)には垂水村・藤方村のうちから300石が神領として寄進されている。御祭神は応神天皇・神功皇后で、相殿に住吉大神・藤堂

所在地
三重県津市藤方2339
御祭神
応神天皇、神功皇后
系統
八幡
三重県勝負運厄除け

亀山八幡神社(亀山市)

かめやまはちまんじんじゃ

亀山八幡神社(亀山市)は、三重県亀山市江ケ室に鎮座する八幡神社。文永2年(1265年)に宇佐神宮の神を奉ったことに始まると伝わり、亀山城主の崇敬を受けてきた社です。

所在地
三重県亀山市江ケ室2-6-19
御祭神
品陀和気命、帯中津比古命
系統
八幡
京都府勝負運厄除け

宇治上神社

うじがみじんじゃ

宇治川東岸、朝日山の山裾に鎮座する。応神天皇の末の皇子で聡明さゆえに皇太子に立てられた菟道稚郎子命を主祭神とし、応神天皇・仁徳天皇を併せ祀る。社伝では、応神天皇の崩御後に菟道稚郎子が兄の仁徳天皇へ皇位を譲ろうとし、仁徳天皇も父帝の定めを変えられないとして3年にわたり譲り合った結果、世の乱れを憂えた菟道稚郎子が自ら命を絶ち、これを知った仁徳天皇が難波から急ぎ宇治へ赴いて手厚く葬ったことが、のちの創建

所在地
京都府宇治市宇治山田59
御祭神
菟道稚郎子命、応神天皇
系統
八幡
兵庫県勝負運厄除け

魚吹八幡神社

うすきはちまんじんじゃ

神功皇后摂政3年(202年)、皇后が神託を受けて宇須伎津の浄地を開き、小さな社を建てて玉依比賣命を祀り敷嶋宮と号したのが起こりと伝えられる。のちに仁徳天皇7年(319年)、応神天皇(品陀和氣命)と神功皇后(息長足比賣命)を合わせ祀り、現在の三柱となった。播磨地方でも最大級の24か町・1万数千戸におよぶ氏子圏を持ち、当社の祭礼に漁民が一斉に休漁して網を干して参詣したことが「網干」の地名の由来と伝えら

所在地
兵庫県姫路市網干区宮内193
御祭神
応神天皇、神功皇后
系統
八幡