由緒
滋賀県栗東市中沢に鎮座し、意富斗能地神・意富斗乃辨神を祀る。社伝では舒明天皇9年(637)の勧請と伝え、古くは口狭比良(くさひら)大明神と称した。のちに草平大明神と呼ばれ、安土桃山時代からは菌大明神の社号が用いられるようになったという。江戸時代には膳所城主の崇敬が篤く、境内一町四方が除地とされたほか、城主戸田氏が神領三反を寄進し、以後も本多氏・菅沼氏・石川氏ら歴代の城主が神領を安堵した。明治9年(1876)に村社へ列格。現在の本殿は一間社流造で江戸時代中期の建築とされ、拝殿は入母屋造。正月の「おこない」と5月の例祭には特殊神饌が供えられる。境内社として八幡神社と春日神社が鎮座する。