由緒
滋賀県蒲生郡竜王町綾戸に鎮座する式内社で、延喜式神名帳の「長寸(なむら)神社」にあたる。社伝では垂仁天皇の代にこの地を開拓した祖神を祀ったのが創祀とされ、神域の東に祀られたその社を後に東本殿と呼ぶようになった。御祭神は那牟羅彦神・那牟羅姫神と國狹槌尊で、國狹槌尊は安和2年(969)に大和国吉野金峯山から神域の西へ遷座したと伝え、その社殿を西本殿と称する。西本殿は徳治3年(1308)の棟札とともに国宝に指定され、東本殿・楼門・神輿庫・八幡社本殿・十禅師社本殿などは重要文化財。社名は寛仁元年(1017)に朝廷へ門松用の松苗を献上した縁で後一條天皇から「苗村」の号を賜ったことによると伝え、天文5年(1536)には後奈良天皇から正一位を授けられた。近郷三十三か村に氏子を持つ大宮である。