由緒
大宮氷川神社は、第五代孝昭天皇の御代に創建されたと伝わる古社で、須佐之男命・稲田姫命・大己貴命の三柱を祀る。社伝によれば、成務天皇の時代に出雲国造の一族である兄多毛比命が武蔵国造に任じられて当社を篤く崇敬し、これを機に神威がいっそう高まったという。文献上は天平神護2年(766年)に朝廷から封戸三戸が寄進された記録が最も古く、平安時代編纂の『延喜式神名帳』には名神大社として記載されている。中世以降は鎌倉・足利・北条・徳川など歴代の武家政権から社殿の造営や再建を受け、武蔵国の総鎮守として崇敬を集めた。明治元年(1868年)には明治天皇みずからが参拝して祭祀を執り行う「武蔵国鎮守勅祭の社」と定められ、明治4年(1871年)には官幣大社に列せられている。「武蔵一宮」の社号は、こうした歴史の中で一宮としての格が定着したことに由来すると伝わる。