由緒
大崎八幡宮は、平安時代に坂上田村麻呂が東夷征伐にあたり、武運長久を祈願して武門の守護神である宇佐八幡宮を現在の岩手県奥州市水沢に勧請し、鎮守府八幡宮として祀ったことに始まると伝わる。室町時代には奥州探題を務めた大崎氏が現在の遠田郡田尻町へ遷座させ、以後一族の守護神として篤く崇敬したことから「大崎八幡宮」の社名で呼ばれるようになった。大崎氏の滅亡後、御神体は伊達政宗によって岩出山城内に遷され、慶長年間の仙台開府にともない仙台城の北西にあたる現在地へと祀られた。この際、成島八幡宮も合わせて祀られている。現在の社殿は慶長9年(1604年)から12年(1607年)にかけて、豊臣家に仕えた当代随一の工匠たちを招いて造営されたもので、桃山建築の特色を色濃く伝える。安土桃山時代の遺構としては全国でも稀な建造物として、昭和27年(1952年)に国宝に指定された。仙台藩祖伊達政宗が篤く崇敬して以来、厄除け・除災招福や必勝・安産の神として、藩主から庶民まで幅広い信仰を集めてきた。