由緒
東海道石部宿の西に鎮座する式内社。社伝によれば第十代崇神天皇68年に石部山へ神が降り、垂仁天皇2年に宇加之彦の子である吉比古・吉比女の神を黒の御前に神籬を建てて祀り、谷黒乃御前大明神と称したという。嵯峨天皇の弘仁3年(812年)、山崩れによって現在の鎮座地へ移り、承平5年(935年)に吉比古・吉比女の神を末社から本社へ遷座して社号を吉御子神社と改めた。本殿は元治元年(1864年)に大破したため、京都の上賀茂神社の旧社殿を移築し、翌慶応元年(1865年)に遷座祭を執り行った。この本殿は国の重要文化財に指定されている。近隣の吉姫神社と対をなす社として知られる。