由緒
崇峻天皇3年(590年)、蜂子皇子が三本足の不思議な烏(八咫烏)に導かれて羽黒山に登り、三神を祀ったことが開山の起源とされる。蜂子皇子は聖徳太子の従兄弟にあたり、政争を避けて都を離れ、東北の山奥で修行の場を開いたとされる。出羽三山は「月山で死に、湯殿山で生まれ変わり、羽黒山で現世に戻る」という「死と再生」の巡礼路として知られ、江戸時代には全国から修験者が集まった。羽黒山山頂の五重塔は平将門の創建とも伝わり、杉の巨木に囲まれた幽邃な雰囲気の中に立つ国宝の塔は、霊場としての出羽三山の歴史を象徴する。