由緒
創建年代は詳らかではないが、景行天皇40年(西暦110年)頃、東国平定に向かった日本武尊にまつわる伝承が起源とされる。尊が三浦半島から房総へ渡ろうとした際に暴風雨に見舞われ、妃の弟橘媛(弟橘姫命)が海に身を投じて海神を鎮め、一行を救ったと伝わる。その後、東征を続けた尊がこの湯島の地に立ち寄った際、亡き妃を偲んで嘆いたとされ、郷民がその心情に心を寄せて尊と妃を祀ったのが当社の起こりと伝えられている。江戸時代には「妻恋稲荷」とも呼ばれ、「関東総司稲荷神社」「稲荷関東惣社」の名でも知られた。王子稲荷神社と並んで参詣人の多い稲荷社として親しまれ、江戸の「日本七社(七稲荷)」の一つに数えられていたという。