倉稲魂命を祀る神社
食物・穀の神。伏見稲荷大社の神として祝われる。商売繁盛・五穀豊穣のご利益がある。 代表的な神社としては岩木山神社が挙げられます。
倉稲魂命とは?
食物・穀の神。伏見稲荷大社の神として祝われる。商売繁盛・五穀豊穣のご利益がある。 代表的な神社としては岩木山神社が挙げられます。
倉稲魂命を祀る有名な神社
有名神社を中心に、大社・一宮・総鎮守など比較の起点にしやすい神社をまとめます。
福島稲荷神社
福島稲荷神社は倉稲魂命を祀る神社。商売繁盛・縁結びのご利益で知られ、940年(天慶3年)に創建された由緒ある神社です。
- 所在地
- 福島県福島市宮町1-29
- 御祭神
- 倉稲魂命、大宮能売大神
- 系統
- 稲荷
小野神社
武蔵国一之宮を称する古社で、公式サイトの由緒では安寧天皇18年2月の鎮座と伝える。主祭神は武蔵国開拓の祖神である天下春大神、瀬織津比咩大神、稲倉魂大神の三柱。元慶8年(884年)に正五位上の神階を授けられ、延喜式神名帳には武蔵国八座の一社として載る。国府の近くにあったことから国司や住民の崇敬が篤く、総社六所宮創建の際には東殿第一の席を与えられて一之宮と称されたという。鎌倉末から戦国期にかけて戦乱と多摩川の洪水で荒廃したが、棟札によれば慶長14年(1609年)に徳川二代将軍によって造営再興された。明治の神仏分離で文珠菩薩を移座し郷社に列格。大正15年の失火で社殿を焼失したが昭和2年に本殿・拝殿を再建し、昭和39年に随身門、昭和49年に末社の再建を終えている。
- 所在地
- 東京都多摩市一ノ宮1丁目18-8
- 御祭神
- 天下春命、瀬織津比咩命
- 系統
- 稲荷
倉稲魂命を祀る神社一覧
10件中1-10件を表示しています。
茂宇気神社
鳥取市鹿野町河内の山あいに鎮座する。創立年代は不詳だが、古くから河内地区の氏神として祀られ、かつては妙見大権現と称した。寛文7年(1667)に鳥取藩主池田家から社領六斗を寄進され、元禄15年(1702)に天照大御神を勧請合祀して妙見茂宇気宮と改めた。明治初年に茂宇気神社と改称し、村内の山神(大山祇命)や稲荷神、境内末社の稲荷大明神(倉稲魂命)を合祀している。明治5年(1872)に村社に列し、大正9年(1920)には神饌幣帛料供進神社に指定された。社名の「もうけ」という響きが「儲け」に通じるとして、近年は商売繁盛や金運の神として知られるようになり、県外からの参拝者も訪れる。社殿へ続く264段の急な石段が印象的な社である。
- 所在地
- 鳥取県鳥取市鹿野町河内4410
- 御祭神
- 天照大御神、大山祇命
小野神社
武蔵国一之宮を称する古社で、公式サイトの由緒では安寧天皇18年2月の鎮座と伝える。主祭神は武蔵国開拓の祖神である天下春大神、瀬織津比咩大神、稲倉魂大神の三柱。元慶8年(884年)に正五位上の神階を授けられ、延喜式神名帳には武蔵国八座の一社として載る。国府の近くにあったことから国司や住民の崇敬が篤く、総社六所宮創建の際には東殿第一の席を与えられて一之宮と称されたという。鎌倉末から戦国期にかけて戦乱と多摩川の洪水で荒廃したが、棟札によれば慶長14年(1609年)に徳川二代将軍によって造営再興された。明治の神仏分離で文珠菩薩を移座し郷社に列格。大正15年の失火で社殿を焼失したが昭和2年に本殿・拝殿を再建し、昭和39年に随身門、昭和49年に末社の再建を終えている。
- 所在地
- 東京都多摩市一ノ宮1丁目18-8
- 御祭神
- 天下春命、瀬織津比咩命
- 系統
- 稲荷
若宮八幡宮
応永年間(1394〜1428)、佐竹氏12代の佐竹義仁が鎌倉の鶴岡八幡宮から分霊を勧請し、太田城内に守護神として祀ったのが始まりと伝わる。以後は佐竹氏歴代の祈願所となり、関ヶ原の戦い後に佐竹氏が秋田へ移封された際には、分霊が大館城の守護神として奉持された。江戸時代には水戸徳川家の崇敬を受け、慶長14年(1609)に初代藩主徳川頼房の病気平癒祈願が成就したと伝えられる。水戸藩が領内の八幡社を整理した「八幡改め」の際にも存続を許された四社の一つに数えられ、宝永5年(1708)に現在地へ遷座した。祭神は仁徳天皇にあたる大鷦鷯尊で、倉稲魂命を併せ祀る。境内には樹齢500年を超えるケヤキの巨木群があり、最大のものは高さ約30m、幹周約8.5mで茨城県の天然記念物に指定されている。
- 所在地
- 茨城県常陸太田市宮本町2344
- 御祭神
- 大鷦鷯尊(仁徳天皇)、倉稲魂命
- 系統
- 八幡
花園神社
花園神社は、江戸時代に開かれた宿場町・内藤新宿の総鎮守として崇敬されてきた社で、徳川家康の江戸入府以前に大和国(奈良県)の吉野山から御分霊を勧請したのが始まりと伝わる。かつては現在の伊勢丹新宿店付近に鎮座していたが、寛永年間(1624~1645年)に尾張藩の下屋敷に囲まれる形になったことから現在地へ遷座した。遷座先には美しい花が咲き誇る庭園が広がっていたことから「花園稲荷」とも呼ばれるようになったという。倉稲魂命(うかのみたまのみこと)・日本武尊(やまとたけるのみこと)・受持神(うけもちのかみ)を祀り、日本武尊は武神としての性格から次第に商売繁盛を守る神としても信仰されるようになった。新宿の繁華街の中にありながら、今も地域住民や商人から篤い崇敬を集めている。
- 所在地
- 東京都新宿区新宿5丁目17番3号
- 御祭神
- 倉稲魂命、日本武尊
- 系統
- 稲荷
若泉稲荷神社
祭神は倉稲魂命。飛び地境内社の東本庄稲荷神社は治承4年(1180)に荘家長によって勧請されたと伝わり、当地(北堀)に稲荷神社が勧請されたのは天正18年(1590)、小笠原氏の姫の病気平癒祈祷の謝礼として東本庄の分霊を移し祀ったのが始まりとされる。明治42年(1909)に東本庄稲荷神社を合祀したが、大正15年(1926)に元の地へ奥宮として戻された。例祭(4月4日)では祭祀舞の奉納と餅撒きが行われる。境内には天神社・八坂社・手長社・秋葉社などの境内社が祀られている。
- 所在地
- 埼玉県本庄市北堀209(北堀字本田)
- 御祭神
- 倉稲魂命
- 系統
- 稲荷
飯生神社
江戸後期の安永2年(1773)、松前藩が長万部に番屋を設けた際、その守り神として創祀されたのが始まり。文化13年(1816)には京都の伏見稲荷(現伏見稲荷大社)から御分霊を勧請した。万延元年(1860)再建時の棟札には歴代の箱館奉行や松前藩主の名が列記され、異国船退散と蝦夷地の平安が祈念されていたと伝わる。明治17年(1884)に社殿を造営し、大正15年(1926)に南部藩陣屋跡の高台である現在地へ遷座した。御祭神は天照大神・大國主命・倉稲魂命。令和5年(2023)に創祀250年を迎えた。旧社格は村社。
- 所在地
- 北海道山越郡長万部町字長万部379
- 御祭神
- 天照大神、大国主命
- 系統
- 出雲
稲荷社
創建年代は不詳だが、五関村の開村以来、村の鎮守として祀られてきたと伝わる。文政10年(1827)に神祇管領長上吉田家から「正一位稲荷大明神」の神璽を授与されており、この頃までには既に祀られていたと推定される。明治6年(1873)に村社に列格し、昭和7年(1932)には字水入の熊野稲荷合社を合祀した。祭神は倉稲魂命・伊弉諾命・伊弉冉命・保食命の四柱で、かつては近隣の東福寺が別当寺を務めた。境内社として天神社・八雲社が祀られている。
- 所在地
- 埼玉県さいたま市桜区五関155
- 御祭神
- 倉稲魂命、伊弉諾命
- 系統
- 稲荷
福島稲荷神社
福島稲荷神社は倉稲魂命を祀る神社。商売繁盛・縁結びのご利益で知られ、940年(天慶3年)に創建された由緒ある神社です。
- 所在地
- 福島県福島市宮町1-29
- 御祭神
- 倉稲魂命、大宮能売大神
- 系統
- 稲荷
妻恋神社
創建年代は詳らかではないが、景行天皇40年(西暦110年)頃、東国平定に向かった日本武尊にまつわる伝承が起源とされる。尊が三浦半島から房総へ渡ろうとした際に暴風雨に見舞われ、妃の弟橘媛(弟橘姫命)が海に身を投じて海神を鎮め、一行を救ったと伝わる。その後、東征を続けた尊がこの湯島の地に立ち寄った際、亡き妃を偲んで嘆いたとされ、郷民がその心情に心を寄せて尊と妃を祀ったのが当社の起こりと伝えられている。江戸時代には「妻恋稲荷」とも呼ばれ、「関東総司稲荷神社」「稲荷関東惣社」の名でも知られた。王子稲荷神社と並んで参詣人の多い稲荷社として親しまれ、江戸の「日本七社(七稲荷)」の一つに数えられていたという。
- 所在地
- 東京都文京区湯島三丁目2番6号
- 御祭神
- 倉稲魂命、日本武尊
- 系統
- 稲荷
安積国造神社
社伝によれば、第13代成務天皇5年(135年)、勅命によって比止禰命(ひとねのみこと)がこの地の安積国造に任じられ、祖神である天湯津彦命と五穀の神である和久産巣日神を祀ったのが起源とされる。以来、郡山の総鎮守として長きにわたり崇敬を集めてきた。のちに坂上田村麻呂にゆかりの八幡大神、安積伊東氏の稲荷大神も合わせ祀られるようになった。現在の拝殿は文化7年(1810)に再建されたもので、本殿は流造の壮麗な社殿として知られる。境内には学問の神を祀る安積天満宮のほか、当社神職の家に生まれ江戸時代後期を代表する儒学者として名高い安積艮斎(あさかごんさい)を顕彰する記念館も設けられている。
- 所在地
- 福島県郡山市清水台1丁目6番23号
- 御祭神
- 和久産巣日神、天湯津彦命
- 系統
- 稲荷