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兵庫県の勝負運神社

兵庫県で勝負運のご利益を目的に参拝したい神社を一覧で紹介します。

兵庫県の勝負運神社一覧

4件中1-4件を表示しています。

兵庫県勝負運厄除け

魚吹八幡神社

うすきはちまんじんじゃ

神功皇后摂政3年(202年)、皇后が神託を受けて宇須伎津の浄地を開き、小さな社を建てて玉依比賣命を祀り敷嶋宮と号したのが起こりと伝えられる。のちに仁徳天皇7年(319年)、応神天皇(品陀和氣命)と神功皇后(息長足比賣命)を合わせ祀り、現在の三柱となった。播磨地方でも最大級の24か町・1万数千戸におよぶ氏子圏を持ち、当社の祭礼に漁民が一斉に休漁して網を干して参詣したことが「網干」の地名の由来と伝えられる。10月21日・22日の秋季例祭は「ちょうちん祭り」として知られ、宵宮では楼門前で提灯を叩き合う「提灯練り」が繰り広げられる。本宮には18台の屋台が集まり、楼門前や本殿前で「チョーサー」の掛け声とともに練り合わされる。

所在地
兵庫県姫路市網干区宮内193
御祭神
応神天皇、神功皇后
系統
八幡
兵庫県勝負運厄除け

宗佐厄神八幡神社

そうさやくじんはちまんじんじゃ

社伝によれば、天平感宝元年(749年)、孝謙天皇の勅願所として創建されたと伝わる、古い歴史を持つ神社である。「厄除八幡」「厄神さん」の通称は、神護景雲3年(769年)の故事に由来する。宇佐八幡宮への勅使として派遣された和気清麻呂が、道鏡の放った刺客に襲われた際、どこからか現れた巨大な猪が清麻呂を守り難を逃れさせたと伝えられ、これにちなみ厄除けの神として篤く信仰されるようになった。村上天皇の勅宣を受け、応和年間(961〜964年)には大規模な社殿の造営が行われたが、天正6年(1578年)の三木合戦の兵火により焼失。現在の社殿は天正16年(1588年)に再建されたものである。主祭神は品陀別命(八幡大神)で、脇座に息長足媛命・仲姫命を祀る。

所在地
兵庫県 加古川市八幡町野村580
御祭神
品陀別命、息長足媛命
系統
八幡
兵庫県勝負運厄除け

松原八幡神社

まつばらはちまんじんじゃ

松原八幡神社は、天平宝字7年(763年)に妻鹿の漁師が「八幡大菩薩」と記された霊木を拾い上げ、それを祀ったことに由来すると伝わる。宇佐神宮からの勧請とされ、平安時代には松原荘が石清水八幡宮の社領となり、その別宮として位置づけられた。中殿に品陀和気命(応神天皇)、左殿に息長足姫命(神功皇后)、右殿に比咩大神(比咩三神)を祀る。

系統
八幡
兵庫県勝負運厄除け

柏原八幡宮

かいばらはちまんぐう

社伝によれば、舒明天皇の御代(629〜641年)に出雲連が入船山に素戔嗚尊を祀ったのが当宮の始まりとされる。その後、萬寿元年(1024年)に入船山周辺の3か所から霊泉が湧き出た奇瑞を受け、後一条天皇の勅意により国家鎮護の社として京都・石清水八幡宮から御分霊を勧請し、丹波国「柏原別宮」として創建された。現在の社殿は天正13年(1585年)に豊臣秀吉によって再建されたもので、権現造の先駆けとされ国の重要文化財に指定されている。境内の三重塔は文化10〜12年(1813〜1815年)の建立で、兵庫県指定重要文化財となっている。

系統
八幡

兵庫県で勝負運の神社を選ぶポイント

勝負運の参拝先を選ぶときは、所在地だけでなく、御祭神・由緒・アクセスを合わせて確認すると巡りやすくなります。兵庫県内で複数の神社を比較し、旅程に合う場所から参拝先を絞り込んでください。

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