Shrine

波爾布神社はにふじんじゃ

滋賀県に鎮座する神社です。御祭神は波爾山比賣命、彌都波能賣神。開運のご利益で知られます。

由緒

創祀年代は不詳。社伝では往古より水の神である彌都波能賣神を祀り、天平13年(741年)に阿波国那賀郡から波爾山比賣命を勧請したと伝える。『延喜式神名帳』に載る式内社で、木津荘の惣社として崇敬され、古くは土生大明神とも称された。現在の本殿は元和10年(寛永元年・1624年)の建立とされる大規模な三間社流造で、古式をよく残す新旭町最古の建築として知られる。明治初年の廃仏毀釈の際には高嶋神威隊の急進派によって多くの社宝が失われ、のちに旧郷社に列した。旧饗庭村と旧新儀村の一部を合わせた17地区の氏神として祀られている。平成30年(2018年)の台風では御神木が倒れて本殿が被害を受けたが、令和4年(2022年)春に復興を果たした。

基本情報

ご利益
開運
所在地
滋賀県高島市新旭町饗庭3363
アクセス
JR湖西線新旭駅から高島市コミュニティバスに乗り「もりっこ前」下車、北へ徒歩約20分。「木津」バス停からは西へ徒歩約30分です。
駐車場
境内に8台ほど駐車できる駐車場があります。

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例大祭

例祭は4月20日に行われます。明治までは2月の初丑の日に斎行されていました。

波爾布神社に関連する目的別ページ

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近隣神社

同じ地域や分類に近い神社を合わせて見られます。

滋賀県開運

還来神社

もどろぎじんじゃ

祭神の藤原旅子は太政大臣・藤原百川の娘で、桓武天皇の妃となり淳和天皇を生んだ。社伝によれば、龍華の荘(現在の大津市伊香立途中町・上龍華町・下龍華町)は藤原氏の食邑地で旅子の生誕地にあたり、延暦7年(788年)に没した際「生地である比良南麓の梛の大木の下に葬れ」と遺命したことから、この地に神霊として祀られたという。平治の乱(1159年)で敗走した源義朝の一行が当社で白羽鳴鏑の矢を献じて武運長久を祈り

所在地
滋賀県大津市伊香立途中町518
御祭神
藤原旅子霊
滋賀県開運

鹽津神社

しおつじんじゃ

創祀の年代は不詳ですが、『延喜式神名帳』に近江国浅井郡の式内社として記される「鹽津神社」の論社とされ、香取神社・香取五神社とともに比定候補に挙げられています。祭神は製塩や航海を司るとされる塩土老翁神で、彦火火出見尊と豊玉姫尊を配祀します。鎮座地の塩津浜は琵琶湖の最北端にあたり、日本海側と湖上水運を結ぶ港として古くから開けた土地で、社名も地名と結びついています。近代の社格では明治9年(1876年)に

所在地
滋賀県長浜市西浅井町塩津浜547
御祭神
塩土老翁神、彦火火出見尊
滋賀県開運

上許曾神社

かみこそじんじゃ

近江国浅井郡に鎮座する式内社で、『延喜式』神名帳に載る近江国155座のうち浅井郡14社の一つに数えられる。社伝によれば桓武天皇の延暦8年(789年)、参議・橘奈良麻呂が詔を受けて草野姫命を勧請し、上許曽社と称したのが創建という。仁寿元年(851年)には正六位を授けられたと伝わる。治承年間(1177〜81年)に相殿として4柱の神を合わせ祀った。一帯は古く草野郷・上草野郷、のちに上許曽庄などと呼ばれた

所在地
滋賀県長浜市高山町2
御祭神
草野姫命
滋賀県開運

波久奴神社

はくぬじんじゃ

滋賀県長浜市高畑町に鎮座する式内社で、旧社格は郷社。創建の年代は明らかでない。配祀の物部守屋大連については、用明天皇2年(587年)の争いで蘇我馬子に敗れた守屋が漆部小坂を伴って自らの領地であった当地へ逃れ、追跡を避けるため同年10月に小谷山東峡の岩窟へ隠れ、その後は萩の茂る高畑の地に草庵を結んで「萩生翁」と名を偽りながら里人を教化したという伝承が残る。没後、里人がその徳を偲んで祠を建て「正一位萩

所在地
滋賀県長浜市高畑町296
御祭神
高皇産霊神、物部守屋大連