Shrine

菅大臣神社かんだいじんじんじゃ

京都府に鎮座する出雲系の神社です。御祭神は菅原道真公、尼神、大己貴命。開運のご利益で知られます。

由緒

社地は菅原道真の邸宅であった紅梅殿・白梅殿と、学問所「菅家廊下」の跡と伝えられ、道真誕生の地ともされています。境内には産湯に用いたと伝わる井戸が保存されており、大宰府へ左遷される道真が「東風吹かばにほひおこせよ梅の花」と詠みかけた飛梅の地であるとも伝えられます。創建は道真の没後まもなくと伝えられますが、その後たびたび兵火にさらされ、鎌倉時代には南北二つの社に分かれました。応仁の乱によって荒廃したのち、慶長19年(1614年)に再興されています。現在の本殿は天保6年(1835年)に造られたもので、明治2年(1869年)に他所からこの地へ移築されたものです。学問の神として、また道真ゆかりの地として参拝者を集めています。

基本情報

系統・信仰
出雲
ご利益
開運
所在地
京都府京都市下京区仏光寺通新町西入ル菅大臣町187-1
アクセス
地下鉄烏丸線の四条駅、または阪急京都線の烏丸駅から徒歩約5分です。市バスを利用する場合は「西洞院仏光寺」バス停で下車し、徒歩約2分で到着します。
受付時間
社務所・授与所の受付時間は9時から17時までです。

地図はクリックで読み込みます。

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菅大臣神社は何の神様?

菅大臣神社の御祭神は菅原道真公尼神大己貴命です。

菅原道真公

平安時代の学者・政治家。天神様として学問・合格祈願の神として全国で信仰される。 代表的な神社としては北野天満宮、太宰府天満宮、湯島天満宮などが挙げられます。 天神信仰の中心は北野天満宮と太宰府天満宮で、大阪天満宮や防府天満宮も代表社として知られます。

大己貴命

国土経営・縁結びの神。大己貴命の別名。出雲大社の主祭神として縁結びのご利益がある。 代表的な神社としては出雲大社、常陸国出雲大社、当別神社などが挙げられます。 総本社格としては出雲大社がよく知られ、各地の出雲系神社の中心的存在です。 別名として「大己貴命」とも記されます。 検索時は 大己貴命 でも参照できます。

例大祭

例祭は5月の第2土曜日・日曜日に行われます。

よくある質問

菅大臣神社の参拝前に確認したい情報をまとめます。

菅大臣神社で御朱印はいただけますか?

御朱印が授与されています。初穂料は300円で、受付時間は9時から17時までです。

菅大臣神社の受付時間はいつですか?

社務所・授与所の受付時間は9時から17時までです。

菅大臣神社の例大祭はいつですか?

例祭は5月の第2土曜日・日曜日に行われます。

菅大臣神社に関連する目的別ページ

ご利益や御朱印情報を、地域で絞り込んで確認できます。

近隣神社

同じ地域や分類に近い神社を合わせて見られます。

京都府開運

山国神社

やまぐにじんじゃ

京都市北部の京北地域、旧山国郷に鎮座する延喜式内社です。社伝では光仁天皇の宝亀年間(770〜780)の鎮座と伝えられ、延暦13年(794)の平安遷都にあたって大内裏造営の用材がこの郷から徴されたため一帯が御杣料地と定められ、修理職の官人が本殿を造営し、和気清麻呂が祭主を務めたといいます。以後、大嘗祭の悠紀殿・主基殿の用材を調える役も担いました。長和5年(1016)には三条天皇から正一位を賜り、御祈

所在地
京都府京都市右京区京北鳥居町宮ノ元1番地
御祭神
大己貴命、大国主命
系統
出雲
三重県開運

平群神社

へぐりじんじゃ

創建年代は不詳です。古代豪族・平群氏の祖とされる平群木菟宿禰を主祭神とし、『日本書紀』が木菟宿禰は仁徳天皇と同じ日に生まれたと伝えることで知られます。その後裔が伊勢国へ移り住み、祖神を祀ったのが当社の始まりと伝えられています。延喜式内社に比定される古社で、社殿は平群山の東斜面に鎮座します。この地は倭建命が足を留めた場所という伝承も残り、境内には歌碑が建てられています。のちに武内宿禰、天照大神、大己

所在地
三重県桑名市志知3693
御祭神
平群木菟宿禰、武内宿禰
系統
出雲
三重県開運

名居神社

ないじんじゃ

創祀年代は不詳です。『日本書紀』には推古天皇7年(599年)に大和を中心とする大地震があり、四方に「なゐの神(地震の神)」を祀らせたと記されており、伊賀国におけるその一社が当社であると伝えられてきました。延喜式神名帳の伊賀国名張郡「名居神社」に比定される式内社で、旧社格は村社です。「なゐ」は本来「地」を意味する古語で、近世には地祇大明神・国津大明神と呼ばれ、国津神である大己貴命が主祭神とされるよう

所在地
三重県名張市下比奈知2092
御祭神
大己貴命、少彦名命
系統
出雲
和歌山県縁結び開運

淡嶋神社

あわしまじんじゃ

公式サイトの社伝によれば、神功皇后が三韓からの帰路に瀬戸の海上で嵐に遭い、船の苫を海に投げてその流れに従えという神託のとおりに進んだところ、友ヶ島にたどり着いた。島には少彦名命と大己貴命が祀られており、皇后は救われた礼として持ち帰った宝物を供えたという。のちに孫の仁徳天皇が同島を訪れ、島では不自由であろうと対岸の加太へ社を遷して社殿を建てたのが当社の起こりと伝える。祭神は少彦名命・大己貴命・息長足

所在地
和歌山県和歌山市加太116
御祭神
少彦名命、大己貴命
系統
出雲