由緒
延喜式神名帳に名を連ねる式内社で、もとは伊勢神宮の大宮司家である中臣氏の氏神であったと伝えられます。社伝では天平勝宝8年(756年)に、中臣氏の祖神を祀るため奈良の春日社を勧請したことに始まるとされます。延暦16年(797年)、伊勢へ下向する斎王らが滞在した離宮院の中に遷され、式内社「官舎神社」と称されるようになりました。戦国時代の戦乱で一度は荒廃しましたが、寛文3年(1663年)に再興されています。明治12年(1879年)に村社となり、翌年には小俣神社(八柱神社)を合祀、昭和19年(1944年)には県社へ昇格しました。離宮院にちなむ「離宮さん」の通称で親しまれ、旅の安全を願う「旅の宮」、漁業者が海上安全と大漁を祈る「大漁宮」としても信仰されています。