由緒
『延喜式神名帳』の「水尾神社二座(近江国・高島郡)」に比定される式内社で、高島郡では唯一の名神大社。創祀年代は不詳だが、天平神護元年(765年)にはすでに存在した記録がある。社伝によれば、垂仁天皇の皇子で三尾君の祖とされる磐衝別命が猿田彦命の天成神道を学ぶため当地に来住し、朝夕に三尾大明神を遥拝したことから、この地を「拝戸」と称するようになったという。その子の磐城別王が父を三尾山に葬り、磐衝別命を祀る河南社(現在の社地)を創建したと伝える。もう一座の比咩神は継体天皇の母である振姫にあてられ、もとは水尾川を隔てた河北社に祀られていたが、昭和46年(1971年)の台風で社殿が倒壊したため現社地へ遷座した。旧県社。