由緒
延喜元年(901年)、菅原道真公は無実の罪で大宰府に左遷され、「東風吹かばにほひおこせよ梅の花 主なしとて春を忘るな」と詠み、愛した梅の木に別れを告げた。延喜3年(903年)、道真公は失意のうちに薨去した。その御柩を牛車に乗せて運んでいたところ、途中で牛が伏して動かなくなった。これは神意であるとしてその地に葬られ、延喜19年(919年)に社殿が造営されたのが太宰府天満宮の始まりとされる。道真公が別れを惜しんだ梅の木が一夜で京から飛んできたという「飛梅伝説」は今も境内に伝わり、樹齢千年超の飛梅が春に白い花を咲かせる。