Shrine

八幡大神社はちまんだいじんじゃ

東京都に鎮座する八幡系の神社です。勝負運・厄除け・スポーツのご利益で知られます。

由緒

八幡大神社は、明暦3年(1657年)の明暦の大火で焼け出された江戸・神田連雀町の住民が代替地としてこの地を与えられ、連雀新田を開いたことに始まる。名主松井治兵衛ら村役人が幕府に社寺の建立を願い出て、老中松平伊豆守や寺社奉行の検分を経て許可され、社地1万坪・寺地2万坪が除地として定められた。こうして寛文4年(1664年)、村の鎮守として創建されたのが当社であると伝わる。御祭神は応神天皇(誉田別命)。江戸時代には別当寺であった禅林寺の前身・松之坊の隣接地に社殿が営まれ、享保10年(1725年)に改修、弘化元年(1844年)に再建された。明治6年(1873年)の神仏分離により禅林寺から独立して村社に列格し、現在の社殿は昭和40年(1965年)に新築、平成3年(1991年)に現在地へと移された。例祭で渡御する二之宮神輿の鳳凰の目に用いられたダイヤモンドは、1994年版ギネスブックに日本一として掲載されたことでも知られる。

基本情報

この神社について

ご利益
勝負運厄除けスポーツ
系統・信仰
八幡

アクセス・参拝情報

アクセス
JR中央線「三鷹駅」南口から三鷹通りを南へ徒歩約15分。小田急バス「八幡前」停留所からは徒歩すぐの場所に鎮座する。

例大祭

例大祭は例祭日を9月15日と定めるが、近年は9月第2土曜・日曜の2日間で執り行われている。宵宮祭で大太鼓が打ち鳴らされたのち、本祭では二之宮神輿をはじめとする宮神輿が氏子町域を練り歩き、地域をあげて賑わう。

年間行事

毎月1日と15日には月次祭が斎行され、崇敬者が日々の感謝と祈願に参拝する。正月三が日の初詣も地域で人気が高く、参拝までに長い行列ができるほど賑わうという。

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近隣神社

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東京都勝負運厄除け

富岡八幡宮

とみおかはちまんぐう

東京都江東区富岡に鎮座し、「深川の八幡様」として親しまれてきた江戸最大の八幡宮。公式の由緒によれば、寛永4年(1627年)に当時永代島と呼ばれていた現在地へ御神託により創建され、周辺の砂州一帯を埋め立てて社地と氏子の居住地を開き、あわせて六万五百八坪の社有地を得たという。江戸時代には、源氏の氏神である八幡大神を殊のほか尊崇した徳川将軍家の手厚い保護を受けた。明治維新に際しては朝廷が当宮を准勅祭社に

所在地
東京都江東区富岡一丁目20番3号
御祭神
品陀和気命他八柱
系統
八幡
東京都勝負運厄除け

八幡神社

にしくぼはちまんじんじゃ

寛弘年間(1004〜12年)に源頼信が石清水八幡宮の神霊を勧請し、霞ヶ関のあたりに創建したと伝わる。太田道灌の江戸城築城に際して現在地へ遷座した。徳川秀忠の正室崇源院が戦勝祈願の報賽として社殿建立を遺し、その意により寛永11年(1634年)に社殿が造営されている。江戸時代には「江戸八所八幡」の一つに数えられ、八八幡詣として多くの参詣を集めて門前町が栄えた。享保8年(1723年)と文化8年(1811

所在地
東京都港区虎ノ門5-10-14
御祭神
品陀和気命、息長帯比売命
系統
八幡
東京都勝負運厄除け

御田八幡神社

みたはちまんじんじゃ

和銅二年(709)、東国鎮護の神として祀られたのが始まりと伝わり、延喜式内社の稗田神社にあたるとも伝えられる。幾度かの遷座を経て寛永五年(1628)に現在地へ鎮座し、明治三十年に御田八幡神社と改称された。三田・高輪・芝浦・港南一帯の氏神として、1300年を超える歴史の中で地域の信仰を集め続けている。

所在地
東京都港区三田3-7-16
御祭神
誉田別尊命、天児屋根命
系統
八幡
東京都勝負運厄除け

大宮八幡宮

おおみやはちまんぐう

康平6年(1063)、源頼義が前九年の役平定の途上、大空に八条の白雲がたなびくのを八幡大神の加護の瑞兆と感じ、乱の平定後に京都・石清水八幡宮から分霊を勧請して創建したと伝わる。子の八幡太郎義家も後三年の役ののち社殿を修築し、千本の若松を植えたと伝えられる。かつて「武蔵国八幡一之宮」と称された。昭和44年(1969)には境内から弥生時代の祭祀遺跡が発掘され、太古からの聖域であることが確認された。御祭

所在地
東京都杉並区大宮2-3-1
御祭神
八幡大神(応神天皇)、仲哀天皇
系統
八幡