由緒
八幡大神社は、明暦3年(1657年)の明暦の大火で焼け出された江戸・神田連雀町の住民が代替地としてこの地を与えられ、連雀新田を開いたことに始まる。名主松井治兵衛ら村役人が幕府に社寺の建立を願い出て、老中松平伊豆守や寺社奉行の検分を経て許可され、社地1万坪・寺地2万坪が除地として定められた。こうして寛文4年(1664年)、村の鎮守として創建されたのが当社であると伝わる。御祭神は応神天皇(誉田別命)。江戸時代には別当寺であった禅林寺の前身・松之坊の隣接地に社殿が営まれ、享保10年(1725年)に改修、弘化元年(1844年)に再建された。明治6年(1873年)の神仏分離により禅林寺から独立して村社に列格し、現在の社殿は昭和40年(1965年)に新築、平成3年(1991年)に現在地へと移された。例祭で渡御する二之宮神輿の鳳凰の目に用いられたダイヤモンドは、1994年版ギネスブックに日本一として掲載されたことでも知られる。