由緒
創建は不詳。延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳には大和国平群郡に「平群神社五座 並大 月次新嘗」と記され、5座が式内大社に列するとともに、朝廷の月次祭・新嘗祭で幣帛に預かる社と定められた古社である。もとは古代豪族・平群氏の祖神を祀ったとされるが、5座の内訳は明らかでない。嘉吉元年(1441年)の『興福寺官務牒疏』には「平群大明神」と見え、近世には「春日大明神」と称された。境内には神宮寺として竜花山西宮密寺があったが、神仏分離により廃絶して社務所となっている。明治維新後は村社に列した。現在の祭神は大山祇神一柱で、本殿に向かって左の摂社には天照大神を祀る。俗に「西宮」と呼ばれ、城山の丘陵上の森の中に鎮座する。