由緒
「難波大社」「いくたまさん」と呼ばれる大阪最古級の古社。社伝では、神武天皇が東征の途上で難波碕(現在の大阪城付近にあたる石山碕)に至り、日本の国土そのものの神である生島大神・足島大神を祀って国家の安泰を祈ったことに始まるとされる。『日本書紀』孝徳天皇即位前紀には、難波宮の造営に際して「生國魂社の樹」が伐られたという記事が見え、『延喜式』神名帳には「難波坐生國咲國魂神社 二座」として名神大社に列している。中世は現在の大坂城の地に鎮座していたが、天正8年(1580年)の石山合戦の兵火で焼失。豊臣秀吉による大坂城築城にともない、社領三百石の寄進と社殿の造営を受けて天正13年(1585年)に西成郡西高津村の現在地へ遷座した。相殿に大物主大神を祀る。