由緒
加藤清正を主祭神とし、清正に殉じた家臣の大木兼能と韓人金宦(良甫鑑)を相殿に祀る。慶応4年(1868)、熊本藩主細川韶邦の弟・長岡護美の建議により、本妙寺にある清正の廟所「浄池廟」を神道式で守るよう朝廷から命じられたのが始まり。神仏分離令の後、明治4年(1871)に熊本城内に社を建てて錦山神社と称したが、城内に熊本鎮台が置かれたため明治7年に京町台へ遷り、西南戦争で失った社殿を明治19年に再建した。明治42年(1909)、清正公三百年祭を機に加藤神社へ改称。昭和37年(1962)に念願の熊本城内への遷座を果たし、櫨方会所跡の現社地に鎮まる。令和7年には熊本地震からの復興を兼ねた「令和の大造営」を終えている。