由緒
大山祇神社は、大山積大神(大山祇神)を主祭神とする神社で、社伝によれば大山積大神の子孫である小千命が神武天皇の東征に先立って四国に渡り、この大三島に大神を勧請して祀ったことに始まるという。境内にそびえる樹齢2600年余りの大楠は、このとき小千命が手植えしたと伝わる御神木である。大山積大神は山を司る神であると同時に、大海原や渡航をも司る神ともされ、瀬戸内海の要衝である大三島において海上交通の守護神として篤く崇敬されてきた。社伝では当初、大三島南東部の瀬戸に祀られていたが、養老3年(719年)4月22日に現在の宮浦の地へ遷座したと伝えられる。中世には度重なる火災に見舞われたが、室町時代初期に本殿・拝殿が再建され、現在は国の重要文化財に指定されている。大正時代には四国で唯一の国幣大社に列せられた。摂社の上津社には大雷神と姫神、下津社には高靇神と姫神が祀られ、本社とあわせて祈りの場を形づくっている。