由緒
滋賀県米原市宇賀野に鎮座し、内宮に天照皇大神、外宮に豊受毘売命を祀る。社伝によれば垂仁天皇8年、天照大神を淡海の甲可日雲宮からこの地へ遷して2年間奉斎したとされ、その御分霊を祀る旧社として古くは坂田宮・坂田大神宮とも称され、坂田郡の総社として信仰を集めた。大神の鎮座地を求めて諸国を巡った倭姫命の神徳を偲び、倭姫命を祀ったことが当宮の起源とも伝えられる。江戸時代には彦根藩井伊家の崇敬が篤く、享保18年(1733)に藩主井伊直惟が社殿を造営して神殿を寄進、以後も社殿修復の費用が献じられ、奥方からは鏡・絵馬・石燈籠などが奉献された。明治14年(1881)に郷社、昭和20年(1945)に県社へ列した。社宝として後陽成天皇宸筆の御神号懸軸(重要文化財)を伝える。