Shrine

佐久奈度神社さくなどじんじゃ

滋賀県に鎮座する神社です。御祭神は瀬織津姫命、速秋津姫命、気吹戸主命。開運のご利益で知られます。

由緒

佐久奈度神社は、社伝によれば天智天皇8年(669年)、天智天皇の勅願を受けた中臣金が瀬田川のほとりに祓戸の神々を祀ったことに始まると伝わる。御祭神の瀬織津姫命・速秋津姫命・気吹戸主命・速佐須良姫命は「祓戸四神」と呼ばれ、大祓詞に登場する神々でもあり、罪や穢れを祓い清める神として古くから信仰されてきた。瀬田川の急流があらゆる穢れを押し流す場とされたことから、平安時代には都を守護する「七瀬の祓所」の一つに数えられ、仁寿元年(851年)に名神に列し、延喜式内の名神大社として重んじられた。安土桃山時代から江戸時代にかけては、豊臣家の家臣や膳所藩主からも社領の寄進を受け、「天下の祓所」として崇敬を集めたという。近代には明治9年(1876年)に村社、大正10年(1921年)に県社へ昇格し、昭和39年(1964年)には天ヶ瀬ダムの建設にともない、瀬田川沿いにあった社殿が現在地の高台へと移された。

例大祭

佐久奈度神社で最も重要な祭礼である例大祭は、毎年4月16日に執り行われる。祓戸四神を祀る当社にふさわしく、氏子・崇敬者が参列するなか、一年の安寧と罪穢れの祓いを祈願する神事が斎行される。

年間行事

7月31日には御手洗祭(御洗祭)が営まれる。半年間に身についた罪穢れを祓う神事で、紙の人形を瀬田川の流れに乗せて祓う人形流しや、茅の輪をくぐって心身を清める茅の輪くぐりなどが行われ、祓いの神を祀る当社ならではの神事として知られる。

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近隣神社

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滋賀県開運

還来神社

もどろぎじんじゃ

祭神の藤原旅子は太政大臣・藤原百川の娘で、桓武天皇の妃となり淳和天皇を生んだ。社伝によれば、龍華の荘(現在の大津市伊香立途中町・上龍華町・下龍華町)は藤原氏の食邑地で旅子の生誕地にあたり、延暦7年(788年)に没した際「生地である比良南麓の梛の大木の下に葬れ」と遺命したことから、この地に神霊として祀られたという。平治の乱(1159年)で敗走した源義朝の一行が当社で白羽鳴鏑の矢を献じて武運長久を祈り

所在地
滋賀県大津市伊香立途中町518
御祭神
藤原旅子霊
滋賀県開運

鹽津神社

しおつじんじゃ

創祀の年代は不詳ですが、『延喜式神名帳』に近江国浅井郡の式内社として記される「鹽津神社」の論社とされ、香取神社・香取五神社とともに比定候補に挙げられています。祭神は製塩や航海を司るとされる塩土老翁神で、彦火火出見尊と豊玉姫尊を配祀します。鎮座地の塩津浜は琵琶湖の最北端にあたり、日本海側と湖上水運を結ぶ港として古くから開けた土地で、社名も地名と結びついています。近代の社格では明治9年(1876年)に

所在地
滋賀県長浜市西浅井町塩津浜547
御祭神
塩土老翁神、彦火火出見尊
滋賀県開運

上許曾神社

かみこそじんじゃ

近江国浅井郡に鎮座する式内社で、『延喜式』神名帳に載る近江国155座のうち浅井郡14社の一つに数えられる。社伝によれば桓武天皇の延暦8年(789年)、参議・橘奈良麻呂が詔を受けて草野姫命を勧請し、上許曽社と称したのが創建という。仁寿元年(851年)には正六位を授けられたと伝わる。治承年間(1177〜81年)に相殿として4柱の神を合わせ祀った。一帯は古く草野郷・上草野郷、のちに上許曽庄などと呼ばれた

所在地
滋賀県長浜市高山町2
御祭神
草野姫命
滋賀県開運

波久奴神社

はくぬじんじゃ

滋賀県長浜市高畑町に鎮座する式内社で、旧社格は郷社。創建の年代は明らかでない。配祀の物部守屋大連については、用明天皇2年(587年)の争いで蘇我馬子に敗れた守屋が漆部小坂を伴って自らの領地であった当地へ逃れ、追跡を避けるため同年10月に小谷山東峡の岩窟へ隠れ、その後は萩の茂る高畑の地に草庵を結んで「萩生翁」と名を偽りながら里人を教化したという伝承が残る。没後、里人がその徳を偲んで祠を建て「正一位萩

所在地
滋賀県長浜市高畑町296
御祭神
高皇産霊神、物部守屋大連