Shrine

八重垣神社やえがき じんじゃ

八重垣神社は素盞嗚尊・稲田姫命を祀る神社。縁結び・夫婦円満のご利益で知られ、不明(神話時代伝承)に創建された由緒ある神社です。

由緒

素戔嗚尊が八岐大蛇を退治して稲田姫命を救い、結婚した縁の地とされる。素戔嗚尊が詠んだ「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」という和歌は日本最古の歌とされ、夫婦の愛を詠んだこの歌が縁結び信仰の根拠となっている。境内の奥にある「鏡の池」では、和紙の上に硬貨を載せて水に浮かべ、硬貨が沈むまでの時間と紙が漂う距離で縁談の吉凶を占う「縁占い」が行われ、縁結びの神社として島根県内随一の参拝者数を誇る。

八重垣神社は何の神様?

八重垣神社の御祭神は素戔嗚尊奇稲田姫命です。

素戔嗚尊

嵐の神・海の神。ヤマタノオロチ退治の英雄。厄除け・縁結びのご利益で知られる。 代表的な神社としては八坂神社、大宮氷川神社、川越氷川神社などが挙げられます。 総本社格としては京都の八坂神社が名高く、八重垣神社など出雲系の古社でも存在感の大きい神です。

奇稲田姫命

素戔嗚尊の妻。稲田の女神として農業・縁結びのご利益がある。 代表的な神社としては八坂神社、大宮氷川神社、川越氷川神社などが挙げられます。 代表社としては八重垣神社や八坂神社が知られ、素戔嗚尊とともに祀られることが多い女神です。

年間行事

三が日は全国からの参拝者で賑わい、初詣スポットとして各種観光サイトで紹介。

八重垣神社に関連する目的別ページ

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近隣神社

同じ地域や分類に近い神社を合わせて見られます。

島根県開運

高津柿本神社

たかつかきのもとじんじゃ

『万葉集』を代表する歌人・柿本人麿を祀る。人麿の終焉の地と伝わる高津沖の鴨島に、没後まもない神亀年間(724〜729年)、聖武天皇の勅命によって小社が建てられたのが起こりと伝えられる。万寿3年(1026年)の大地震で鴨島が海中に没した際、御神像が高津の松崎に漂着したとされ、その地に社殿が営まれた。江戸時代の天和元年(1681年)、津和野藩主亀井茲親によって現在地の高角山へ移され、社殿が整えられた。

所在地
島根県益田市高津町上市イ2612-1
御祭神
柿本人麿命
島根県開運

六所神社

ろくしょじんじゃ

出雲国府跡に鎮座し、『出雲国風土記』『延喜式』の双方に記載される古社。社伝では元は佐久佐神社と称したとされ、式内社・佐久佐神社の論社にあたる。奈良時代以降は出雲国の総社としての社格を有し、国内の神社へ幣帛を分かつ班幣式や諸祈願は、出雲国中の神主を当社に集めて国司が斎行した。社名の六所は六柱の神を祀ることによるとも、諸社を管理・統括する「録所」に由来するともいわれる。王朝時代から続く古伝の御田饌(み

所在地
島根県松江市大草町496
御祭神
伊邪那岐命、伊邪那美命
系統
出雲
栃木県開運

平出雷電神社

ひらいでらいでんじんじゃ

社伝によれば仁和2年(886年)、京都の賀茂別雷神社(上賀茂神社)の御分霊を迎えて創建されたという。主祭神は別雷之大神で、開拓・殖産のほか雷除け・嵐除け・災難除け・勝運の神として、古くから「雷電様」の名で親しまれてきた。応仁の乱の兵乱で社殿は荒廃し、正徳年間には廃頽するに至ったが、当時の領主・平出孝政が領民とともに浄財を募って本殿を再建した。天保5年(1834年)に再改築され、元治2年(1865年

所在地
栃木県宇都宮市平出町3848
御祭神
別雷之大神、誉田別之命
島根県勝負運厄除け

平濱八幡宮

ひらはまはちまんぐう

創建年代は不詳。天永2年(1111年)に太政官の命を受けて陰陽寮が当社の遷宮の日時を占ったことが石清水文書に見えることから、それ以前の鎮座は確実で、出雲国最古の八幡宮とされる。一帯は京都・石清水八幡宮の社領であり、当社は「平浜別宮」と呼ばれて石清水の社家の支流が奉仕した。のちに出雲国八所八幡宮の総社と位置づけられ、戦国期には亀井氏・尼子氏・毛利氏によって社殿が造営され、江戸時代には松江藩主の直轄下

所在地
島根県松江市八幡町303
御祭神
應神天皇、仲哀天皇
系統
八幡