由緒
元亀元年(1570)より神明社がこの地に祀られていたと伝わり、古文書には正徳元年(1711)以前に「伊勢山」と呼ばれる現在の境内地に社殿または小祠があったことが記されている。文政9年(1826)の再建に際して志村文之丞が四国の金刀比羅宮の御祭神を勧請し、神明社・琴平社の合社が建てられた。昭和55年(1980)に「琴平神社」と改称。「柿生のこんぴらさん」として厄除け・商売繁盛の信仰を集めてきた。平成19年(2007)6月26日に放火で社殿を焼失し、平成23年(2011)に本殿が竣功して御神霊が鎮座した。焼失した拝殿の天井には渡辺崋山筆と伝えられる花鳥山水の板絵63枚があったが、再建にあたり宮司が古写真をもとに油彩で復元している。