由緒
神奈川県藤沢市鵠沼神明に鎮座し、天照皇大神を主祭神に、相殿として天手力男命・天太玉命・天児屋根命・天宇受売命・石凝刀売命を祀る。淳和天皇の天長9年(832年)に社殿を造立した記録が残り、勧請の時期はさらに遡ると考えられている。延喜式が撰進された醍醐天皇の頃には、藤沢・西富・大鋸・鵠沼・辻堂などを含む相模国土甘郷の総社とされ、「相模国土甘郷総社神明宮」と称された。長治元年(1104年)に鎌倉権五郎景政が所領の大庭荘を伊勢神宮へ寄進して大庭御厨が成立すると、その広大な神領の総鎮守と定められ、いっそう篤い崇敬を受けた。寿永3年(1184年)には那須与一宗高が屋島で扇の的を射た弓と残りの矢を奉納したと伝わる。社殿は天喜3年(1055年)・元亨2年(1322年)・天正13年(1585年)・昭和60年と造営を重ねている。