信仰

多賀信仰の神社

伊邪那岐命・伊邪那美命を祀る。

多賀信仰について

伊邪那岐命・伊邪那美命を祀る。信仰ごとの由緒や流れを踏まえて、神社を横断的に見比べる入口として使えます。

代表格として多賀大社を登録しています。

中心祭神は伊邪那岐命伊邪那美命です。

多賀信仰で有名な神社

有名神社を中心に、大社・一宮・総鎮守など比較の起点にしやすい神社をまとめます。

兵庫県健康祈願開運

伊弉諾神宮

いざなぎじんぐう

伊弉諾神宮は、伊弉諾尊と伊弉冉尊を祀る淡路国一宮。国生み神話で淡路島を生んだ伊弉諾尊が余生を過ごした幽宮の旧跡と伝えられる。古くから国生みの島・淡路を象徴する神社として崇敬されてきた。

所在地
兵庫県淡路市多賀740
御祭神
伊弉諾尊、伊弉冉尊
系統
多賀
福島県縁結び開運

会津総鎮守 伊佐須美神社

あいづそうちんじゅ いさすみじんじゃ

伊佐須美神社は伊弉諾尊・伊弉冉尊・大毘古命・建沼河別命を祀る岩代国一之宮・会津総鎮守。延喜式の名神大社に列し、国幣中社を経て、現在も会津を代表する古社として崇敬されています。

所在地
福島県大沼郡会津美里町字宮林甲4377
御祭神
伊弉諾尊、伊弉冉尊
系統
多賀
富山県健康祈願

雄山神社

おやまじんじゃ

富山県中新川郡立山町に鎮座する越中国の式内社・旧国幣小社で、立山頂上の峰本社、芦峅寺の中宮祈願殿、岩峅寺の前立社壇という三つの社殿から成る。御祭神は伊邪那岐神(立山大権現雄山神)と天手力雄神(刀尾天神剱岳神)。社伝では大宝元年(701)、越中国司佐伯有若の嫡男・有頼が白鷹と黒熊に導かれて玉殿岩窟に至り、立山両権現の霊示を受けて文武天皇の勅命により立山を開山したと伝える。有頼は出家して慈興と号し、立山座主として芦峅寺に住んで立山信仰の宣布に生涯を捧げた。以後、神仏習合の一大霊場として皇室や武将の崇敬を受け、『梁塵秘抄』や『神道集』にも名が見える。天正13年(1585)には豊臣秀吉の越中侵攻で芦峅寺の諸堂が焼き払われ、明治の神仏分離でも大きな改変を受けたが、明治6年に県社、昭和15年に国幣小社に列した。前立社壇の本殿は間口五間の流造で神社本殿としては北陸最大、国の重要文化財である。

所在地
富山県中新川郡立山町域内に3社
御祭神
伊邪那岐神、天手力雄神
系統
多賀
東京都商売繁盛金運

小野神社

おのじんじゃ

武蔵国一之宮を称する古社で、公式サイトの由緒では安寧天皇18年2月の鎮座と伝える。主祭神は武蔵国開拓の祖神である天下春大神、瀬織津比咩大神、稲倉魂大神の三柱。元慶8年(884年)に正五位上の神階を授けられ、延喜式神名帳には武蔵国八座の一社として載る。国府の近くにあったことから国司や住民の崇敬が篤く、総社六所宮創建の際には東殿第一の席を与えられて一之宮と称されたという。鎌倉末から戦国期にかけて戦乱と多摩川の洪水で荒廃したが、棟札によれば慶長14年(1609年)に徳川二代将軍によって造営再興された。明治の神仏分離で文珠菩薩を移座し郷社に列格。大正15年の失火で社殿を焼失したが昭和2年に本殿・拝殿を再建し、昭和39年に随身門、昭和49年に末社の再建を終えている。

所在地
東京都多摩市一ノ宮1丁目18-8
御祭神
天下春命、瀬織津比咩命
系統
稲荷

多賀信仰の神社一覧

32件中21-32件を表示しています。

大阪府開運厄除け

杭全神社

くまたじんじゃ

貞観4年(862)、征夷大将軍坂上田村麻呂の孫にあたる当道が素盞嗚尊を勧請し、祇園社として創建したのが始まり。のち建久元年(1190)に伊弉諾尊(第三本殿)、元亨元年(1321)に熊野三所権現(第二本殿)を勧請し、平野郷一円の守護神として崇敬を集めた。明治に社号を杭全神社と定めた。三棟の本殿はいずれも国の重要文化財で、境内には全国で唯一現存する連歌所が残り、大阪市の文化財に指定されている。毎年7月11〜14日の夏祭では9台のだんじりが曳行され、30万人を超えるともいわれる人出で賑わう。

所在地
大阪府大阪市平野区平野宮町2丁目1-67
御祭神
素盞嗚尊、伊弉册尊
系統
熊野
埼玉県商売繁盛金運

稲荷社

いなりしゃ

創建年代は不詳だが、五関村の開村以来、村の鎮守として祀られてきたと伝わる。文政10年(1827)に神祇管領長上吉田家から「正一位稲荷大明神」の神璽を授与されており、この頃までには既に祀られていたと推定される。明治6年(1873)に村社に列格し、昭和7年(1932)には字水入の熊野稲荷合社を合祀した。祭神は倉稲魂命・伊弉諾命・伊弉冉命・保食命の四柱で、かつては近隣の東福寺が別当寺を務めた。境内社として天神社・八雲社が祀られている。

所在地
埼玉県さいたま市桜区五関155
御祭神
倉稲魂命、伊弉諾命
系統
稲荷
福島県縁結び開運

会津総鎮守 伊佐須美神社

あいづそうちんじゅ いさすみじんじゃ

伊佐須美神社は伊弉諾尊・伊弉冉尊・大毘古命・建沼河別命を祀る岩代国一之宮・会津総鎮守。延喜式の名神大社に列し、国幣中社を経て、現在も会津を代表する古社として崇敬されています。

所在地
福島県大沼郡会津美里町字宮林甲4377
御祭神
伊弉諾尊、伊弉冉尊
系統
多賀
三重県商売繁盛金運

多賀宮

たかのみや

多賀宮は、豊受大神宮の第一別宮で、豊受大御神荒御魂を祀る。古くは高宮とも称され、延暦23年(804)の『止由気宮儀式帳』にもその名が見える。外宮別宮の中でも最も重んじられる社として崇敬されている。

所在地
三重県伊勢市豊川町279
御祭神
豊受大御神荒魂
系統
伊勢・神明
兵庫県健康祈願開運

伊弉諾神宮

いざなぎじんぐう

伊弉諾神宮は、伊弉諾尊と伊弉冉尊を祀る淡路国一宮。国生み神話で淡路島を生んだ伊弉諾尊が余生を過ごした幽宮の旧跡と伝えられる。古くから国生みの島・淡路を象徴する神社として崇敬されてきた。

所在地
兵庫県淡路市多賀740
御祭神
伊弉諾尊、伊弉冉尊
系統
多賀
島根県商売繁盛金運

太皷谷稲成神社

たいこだにいなりじんじゃ

太皷谷稲成神社は、津和野藩主・亀井矩貞公が城の鬼門鎮護と領民安穏を願い、京都の伏見稲荷を勧請したことに始まると伝えられる。日本五大稲荷の一つに数えられ、願望成就・商売繁盛の信仰を集める。

所在地
島根県鹿足郡津和野町後田409
御祭神
宇迦之御魂命、伊弉冉尊
系統
稲荷
東京都勝負運厄除け

今戸神社

いまどじんじゃ

今戸神社の創建は1063年(康平6年)と伝わる。奥州鎮守府将軍であった源頼義・義家父子が、奥州の安倍貞任・宗任討伐に際して戦勝を祈願し、鎌倉の鶴岡と浅草今之津(現在の今戸)に京都の石清水八幡宮を勧請したのが始まりとされ、当初は「今戸八幡」と称した。江戸時代には三代将軍徳川家光により官材を賜り、寛永13年(1636年)に再建されている。1937年(昭和12年)に隣接していた白山神社を合祀し、社名を「今戸神社」に改めた。大正12年の関東大震災、昭和20年の東京大空襲でいずれも社殿を焼失したが、昭和46年(1971年)11月に氏子・崇敬者の浄財により現在の社殿が造営された。近年は招き猫発祥の地の一つとされるほか、新選組・沖田総司終焉の地との言い伝えも残るが、後者については異説も指摘されている。

所在地
東京都台東区今戸1丁目5-22
御祭神
応神天皇、伊弉諾尊
系統
八幡
茨城県縁結び開運

常陸國總社宮

ひたちのくにそうしゃぐう

常陸國總社宮は、常陸国府の近く、筑波山と霞ヶ浦を望む地に創建された総社。国司が国内諸社を巡拝する代わりに祭祀を行った総社の伝統を受け継ぎ、国衙跡や日本武尊ゆかりの神石とともに常陸国の古い信仰を伝えている。

所在地
茨城県石岡市総社二丁目8-1
御祭神
伊弉諾尊、大国主尊
系統
出雲
広島県縁結び開運

河内神社

こうちじんじゃ

河内神社は、広島県庄原市に鎮座する地域の鎮守。大山祇命などを祀り、山間地域の農耕・山林・生活守護の神として崇敬されてきた。地域祭礼を通じて、氏子の暮らしと結びついた信仰を今に伝えている。

所在地
広島県広島市佐伯区五日市町上河内359-1
御祭神
帯中津日子命(仲哀天皇)、品陀和気命(応神天皇)
系統
出雲
滋賀県健康祈願

多賀神社

たがじんじゃ

滋賀県に鎮座する多賀系の神社です。健康祈願のご利益で知られます。

系統
多賀
長野県健康祈願

多賀神社

たがじんじゃ

長野県に鎮座する多賀系の神社です。健康祈願のご利益で知られます。

系統
多賀
茨城県健康祈願

筑波山神社

つくばさんじんじゃ

筑波山神社は、筑波男大神・筑波女大神を祀る筑波山の古社。男体山・女体山を神体山として仰ぎ、古代から山岳信仰の中心として崇敬された。縁結び・夫婦和合・家内安全の神として知られる。

所在地
茨城県つくば市筑波1番地
御祭神
筑波男ノ神(伊弉諾尊)、筑波女ノ神(伊弉冊尊)
系統
多賀

多賀信仰に関連するご利益一覧

多賀信仰の神社一覧から、よく紐づくご利益をまとめています。