ご利益

縁結びの神社

縁結びのご利益で探せる神社を111件掲載。代表的な神社は熊野大社(島根)です。

縁結びで知られる御祭神

縁結びで有名な神社

縁結びの神社一覧

111件中1-20件を表示しています。

島根県縁結び厄除け

熊野大社(島根)

くまの たいしゃ しまね

熊野大社は加夫呂伎熊野大神(素戔嗚尊)を祀る神社。縁結び・厄除けのご利益で知られています。

所在地
島根県松江市八雲町熊野2451
御祭神
加夫呂伎熊野大神
東京都縁結び厄除け

大國魂神社

おおくにたまじんじゃ

大國魂神社は大國魂大神を祀る神社。厄除け・縁結びのご利益で知られ、111年(景行天皇41年)伝承に創建された由緒ある神社です。

所在地
東京都府中市宮町3-1
御祭神
大国魂神
新潟県縁結び商売繁盛

彌彦神社

やひこ じんじゃ

彌彦神社は天香山命を祀る神社。縁結び・仕事運のご利益で知られ、和銅年間(708年 - 715年)以前に創建された由緒ある神社です。

所在地
新潟県西蒲原郡弥彦村弥彦2887-2
御祭神
天香山命
石川県縁結び

気多大社

けた たいしゃ

気多大社は大己貴命を祀る神社。縁結びのご利益で知られ、崇神天皇の時代(伝承)に創建された由緒ある神社です。

所在地
石川県羽咋市寺家町ク1-1
御祭神
大国主命
系統
出雲
石川県縁結び開運

気多本宮

けたほんぐう

延喜式神名帳に見える「能登生国玉比古神社」とされ、孝元天皇の御代の創祀と伝わる古社。崇神天皇の御代に当社祭神の分霊を羽咋郡の竹津浦に勧請したのが気多神社(気多大社)の起こりとされることから、当社は「気多本宮」と称される。天正年間に前田利家により旧社地から現在の所口の地へ遷座した。明治5年(1872)に県社に列格、明治39年(1906)に神饌幣帛料供進神社に指定。大正12年(1923)に神門・拝殿を銅葺きに改め、昭和42年から46年にかけて社殿の大修理が行われた。

所在地
石川県七尾市所口町ハ部70の1番地
御祭神
大己貴命、素盞鳴命
系統
出雲
東京都縁結び厄除け

渋谷氷川神社

しぶや ひかわ じんじゃ

渋谷氷川神社は東京都渋谷区東に鎮座する、旧下渋谷村・旧下豊澤村の鎮守。素盞嗚尊・稲田姫命・大己貴尊・天照皇大神を祀る氷川信仰の古社です。

所在地
東京都渋谷区東2-5-6
御祭神
素盞嗚尊、稲田姫命
系統
氷川
東京都厄除け縁結び

赤坂氷川神社

あかさかひかわじんじゃ

赤坂氷川神社は東京都港区赤坂に鎮座する、厄除・縁結びの信仰が篤い氷川信仰の古社。徳川吉宗が造営した社殿が震災・戦災を免れて残り、東京十社の一社にも数えられます。

所在地
東京都港区赤坂6-10-12
御祭神
素盞嗚尊、奇稲田姫命
系統
氷川
熊本県縁結び厄除け

阿蘇神社

あそ じんじゃ

阿蘇神社は健磐龍命ほか十二神を祀る神社。縁結び・厄除けのご利益で知られ、紀元前281年(伝承)に創建された由緒ある神社です。

所在地
熊本県阿蘇市一の宮町宮地3083-1
御祭神
健磐龍命
富山県縁結び健康祈願

高瀬神社

たかせ じんじゃ

高瀬神社は大己貴命を祀る神社。縁結び・医療のご利益で知られ、景行天皇の時代(伝承)に創建された由緒ある神社です。

所在地
富山県南砺市高瀬291
御祭神
大国主命
系統
出雲
京都府縁結び開運

一宮神社

いっきゅうじんじゃ

社伝によれば、慶雲4年(707年)、麿子親王によって創建されたと伝わる古社である。祭神の大己貴神は大国主神の別名としても知られ、国土経営に関わる神として信仰されてきた。江戸時代には三輪明神とも呼ばれ、福知山藩の鎮守として藩主から篤い崇敬を受けた。正徳4年(1714年)の火災で本殿をはじめ境内の建物をすべて失い、現在の本殿は享保3年(1718年)に再建されたもの。明治以降は旧社格府社に列せられた。境内の花崗岩製の石燈籠は鎌倉時代のものとみられ、市内最古の石燈籠として福知山市の文化財に指定されている。

所在地
京都府福知山市字堀2249
御祭神
大己貴神
系統
出雲
北海道縁結び開運

旭川神社

あさひかわ じんじゃ

旭川市東旭川に鎮座し、明治26年(1893)に旭川屯田兵が村の神社として創建した。伊勢神宮から御分霊を受けた天照大御神を主祭神とし、木花咲耶姫命を相殿に祀る。

所在地
北海道旭川市東旭川南1条6丁目8-14
御祭神
天照大御神、木花開耶姫命
系統
出雲
大阪府縁結び開運

枚岡神社

ひらおかじんじゃ

河内国一之宮とされる枚岡神社の起こりは、神武天皇の即位3年前と伝わる。東征の途上、天皇の命を受けた天種子命が国土平定を祈り、霊地とされる神津嶽(かみつだけ)に磐境を設けて天児屋根命と比売御神を祀ったのが始まりという。白雉元年(650)に平岡連らによって山麓の現社地へ遷り、神護景雲2年(768)に二神が春日の地に迎えられて春日神社(現・春日大社)に祀られたことから「元春日」と呼ばれる。宝亀9年(778)には春日から武甕槌命と経津主命(斎主命)を迎えて四殿となった。延喜式神名帳では名神大社に列し、明治4年(1871)に官幣大社となっている。鎌倉時代には西大寺の叡尊が蒙古襲来に際して当社で敵国降伏を祈ったと伝えられる。

所在地
大阪府東大阪市出雲井町7-16
御祭神
天児屋根命、比売御神
系統
出雲
宮崎県縁結び開運

都農神社

つのじんじゃ

都農神社は宮崎県児湯郡都農町に鎮座し、延喜式神名帳にその名が記される式内社で、旧社格は国幣小社。日向国一之宮として古くから崇敬を集めてきた。御祭神は大己貴命で、国土の経営や人々の暮らしを支えた神として知られる。社伝によれば、神武天皇が東征に出立する際にこの地に立ち寄り、国土の平安と武運長久を祈願したことが創建の由来と伝わる。日向国における最も社格の高い神社として、古代より地域の信仰の中心であり続け、時代を経て現在も『日向国一之宮』の名にふさわしい風格ある社殿と杜を伝えている。

所在地
宮崎県児湯郡都農町大字川北13294
御祭神
大己貴命
系統
出雲
アメリカ縁結び開運

ハワイ出雲大社

はわいいずもたいしゃ

明治39年(1906年)、出雲大社教の布教のため広島県出身の神職・宮王勝良が渡布し、ホノルルで開教したのが始まりとされる。明治40年(1907年)に最初の社殿が建てられ、大正11年(1922年)には出雲大社を模した大社造の社殿が完成した。太平洋戦争開戦後の1941年、分院長らはFBIに拘束されて米本土に抑留され、教団は解散、社地・社殿は市郡当局の管理下に置かれた。戦後1952年から返還運動が続けられ、1961年に教団側の勝訴によって社殿が戻り、1969年に竣工大祭が斎行された。大國主大神とハワイ産土神を主祭神とし、沖縄県出身移民の氏神など複数の御分霊も合祀する。出雲大社の分社として「出雲大社ハワイ分院」とも称される。

所在地
アメリカ合衆国ハワイ州ホノルル市 215 North Kukui Street, Honolulu, HI 96817
御祭神
大國主大神、ハワイ産土神
系統
出雲
大阪府商売繁盛金運

露天神社

つゆのてんじんしゃ

大阪キタの中心、梅田・曽根崎の総鎮守で、通称「お初天神」。社伝によれば、上古に大阪湾へ浮かぶ小島の一つであった現在地に「住吉須牟地曽根ノ神」を祀ったのが始まりで、古代難波の「難波八十島祭」旧跡の一社とされる。創建年代は定かでないが、八十島祭が文徳天皇の嘉祥3年(850年)まで遡り、6世紀の欽明天皇の頃には形が整っていたとされることから、当社の起源もその頃と推察されている。社名は、昌泰4年(901年)に大宰府へ左遷される途中の菅原道真が当地で詠んだと伝わる「露と散る涙に袖は朽ちにけり」の歌にちなむとされ、元和8年(1622年)の社殿再建の際に道真公が相殿に合祀された。元禄16年(1703年)に境内で起きた心中事件を題材に近松門左衛門が『曽根崎心中』を著したことから、主人公お初の名にちなむ通称で広く知られる。現社殿は昭和20年6月の戦災で焼失した後、昭和32年9月に再建されたもの。

所在地
大阪府大阪市北区曽根崎2-5-4
御祭神
大己貴大神、少彦名大神
系統
天神
島根県縁結び開運

須佐神社

すさじんじゃ

神戸川の上流に鎮座する延喜式内社で、『出雲国風土記』にも記される古社。社伝では、須佐之男命が諸国を巡ったのち「この国は小さいけれどよい国だから、自分の名は木や石ではなくこの土地につけよう」と告げて自ら御魂を鎮め置いた霊蹟とされ、須佐の地名の由来になったと伝えられる。古くから朝廷や武将の崇敬を集め、中世から近世にかけては「須佐大宮」「出雲大宮」「十三所大明神」などと称えられ、松江藩松平家の時代には「国主守護之社」として祀られた。明治5年(1872)に郷社、翌明治6年(1873)に県社へ昇格し、明治32年(1899)には国幣小社に位置づけられ、戦後は別表神社となって現在に至る。本殿は島根県指定文化財。宮司家は代々須佐国造家が継承しており、境内には七不思議と呼ばれる伝承や、大杉と親しまれる御神木が伝わる。

所在地
島根県出雲市佐田町須佐730
御祭神
須佐之男命
系統
出雲
三重県縁結び開運

久留真神社

くるまじんじゃ

三重県鈴鹿市白子に鎮座し、大己貴尊を主祭神に須世理姫命と漢織姫命を配祀する。社伝では、古くは現在の白子・御殿町一帯にあたる「伊勢の森」と呼ばれる神域に大己貴尊と須世理姫尊を祀って「福徳さん」と称え、樹齢千年を超える福徳の松がそびえていたという。雄略天皇の代に渡来した漢織(あやはとり)らが伊勢の人々に紡績や衣縫の技術を伝えた功績を称え、漢織姫命を福徳の女神として合祀したと伝える。延長5年(927)に集大成された延喜式の神名帳に載る式内社で、寛永11年(1634)3月には御殿と代官所の設立用地として伊勢の森の境内を上地し、現在地へ遷座した。その際に2代目・3代目の福徳の松が植えられている。昭和18年(1943)4月に村社から県社となった。

所在地
三重県鈴鹿市白子1-15-15
御祭神
大己貴尊
系統
出雲
長野県縁結び開運

黒沢御嶽神社

くろさわおんたけじんじゃ

木曽御嶽山の黒沢口に鎮座し、山麓の里宮と若宮を総称して御嶽神社と呼ぶ。里宮は少彦名命、若宮は大己貴命を祀り、旧黒沢村の時代からこの地の産土神として信仰されてきた。里宮は御嶽街道でもあった109段の石段を登ったところにあり、若宮には永禄8年(1565)に木曽義昌が家臣とともに奉納した三十六歌仙板絵が伝わって、木曽谷では最も古い絵馬とされる。御嶽山は古くから修験の霊山として登拝が行われていたが、天明4年(1784)に尾張の行者・覚明が黒沢口を一般に開いたことで、御嶽信仰は木曽周辺から全国へと広がった。江戸後期の享和3年(1803)までに黒沢へ伝えられたとみられる太々神楽は、神職と保存会員によって今も受け継がれている。

所在地
長野県木曽郡木曽町三岳3793(里宮)
御祭神
大己貴命、少彦名命
系統
出雲
東京都商売繁盛金運

小野神社

おのじんじゃ

武蔵国一之宮を称する古社で、公式サイトの由緒では安寧天皇18年2月の鎮座と伝える。主祭神は武蔵国開拓の祖神である天下春大神、瀬織津比咩大神、稲倉魂大神の三柱。元慶8年(884年)に正五位上の神階を授けられ、延喜式神名帳には武蔵国八座の一社として載る。国府の近くにあったことから国司や住民の崇敬が篤く、総社六所宮創建の際には東殿第一の席を与えられて一之宮と称されたという。鎌倉末から戦国期にかけて戦乱と多摩川の洪水で荒廃したが、棟札によれば慶長14年(1609年)に徳川二代将軍によって造営再興された。明治の神仏分離で文珠菩薩を移座し郷社に列格。大正15年の失火で社殿を焼失したが昭和2年に本殿・拝殿を再建し、昭和39年に随身門、昭和49年に末社の再建を終えている。

所在地
東京都多摩市一ノ宮1丁目18-8
御祭神
天下春命、瀬織津比咩命
系統
稲荷
和歌山県縁結び開運

淡嶋神社

あわしまじんじゃ

公式サイトの社伝によれば、神功皇后が三韓からの帰路に瀬戸の海上で嵐に遭い、船の苫を海に投げてその流れに従えという神託のとおりに進んだところ、友ヶ島にたどり着いた。島には少彦名命と大己貴命が祀られており、皇后は救われた礼として持ち帰った宝物を供えたという。のちに孫の仁徳天皇が同島を訪れ、島では不自由であろうと対岸の加太へ社を遷して社殿を建てたのが当社の起こりと伝える。祭神は少彦名命・大己貴命・息長足姫命(神功皇后)。少彦名命は医薬の神とされ、女性の病気平癒や安産・子授けの信仰を集めてきた。境内には紀州徳川家から奉納された雛人形などを収める宝物殿や、針供養の針塚がある。

所在地
和歌山県和歌山市加太116
御祭神
少彦名命、大己貴命
系統
出雲

縁結び神社を都道府県から探す

47都道府県から、縁結びに関連する神社を地域別に探せます。

縁結びとは

縁結びは、人と人との良縁を取り結ぶご利益。恋愛や結婚の縁にとどまらず、家族・友人・仕事・出会いなど、人生に関わるすべての結びつきを神様にお願いするものです。「縁は異なもの味なもの」という言葉が示すように、日本では古来、縁は人の力を超えた神の領域とされてきました。

神在月と出雲大社の縁結び神話

旧暦10月(新暦11月頃)、全国の神様が出雲に集まり一年間の縁を定めるとされる「神在月」。他の地域では神様が不在となる「神無月」ですが、出雲だけは神在月と呼ばれます。大国主命が主宰する「神議り(かみはかり)」で、人々の縁組・縁結びが決められるという伝承は、縁結び信仰の根源です。島根の出雲大社、松江の八重垣神社の「鏡の池の縁占い」(紙を浮かべて沈む時間で良縁の早さを占う)など、この地域の縁結び文化は今も健在です。

全国の代表的な縁結び神社

関東: 東京大神宮(「東京のお伊勢さん」として縁結びの聖地)、川越氷川神社(縁結び玉) 関西: 貴船神社(結社)、今宮神社(縁結び)、三輪山の大神神社 出雲: 出雲大社、八重垣神社、須佐神社 九州: 竈門神社(太宰府)、筥崎宮

縁結びと恋愛祈願の違い・使い分け

縁結びは恋愛だけでなく「良い仕事の縁」「信頼できる友人との縁」「家族との縁の深まり」なども含む広義のご利益です。純粋な恋愛成就(片思い・復縁)は恋愛祈願と組み合わせるのが効果的とされます。新しい出会いを求める段階では縁結び、具体的な相手がいる段階では恋愛祈願が中心になります。

参拝のポイント

良縁祈願は旧暦10月の神在月(出雲大社の神在祭の時期)が最も活発ですが、通年いつでもお参りできます。御祈祷の初穂料は5,000〜10,000円が一般的。 縁結びの絵馬は神社ごとに形が異なり(ハート型・二本の矢・縁結び玉など)、デザインを集めるのも楽しみのひとつ。お守りは財布やバッグに入れて常に持ち歩くのが伝統。出雲大社では「大社造り」の本殿を正面から拝む際、二礼四拍手一礼の独自の作法があります。

よくある質問

縁結び祈願はいつ行くのが良いですか?

通年いつでもお参りできますが、出雲大社など縁結びの聖地では旧暦10月(神在月)が特に縁起が良いとされます。誕生日・新月・毎月1日など節目に参拝する人も多いです。七夕・バレンタイン前後も恋愛縁結びの参拝ピークです。

縁結びのお守りは複数持っても大丈夫ですか?

神様同士が喧嘩するという考え方は神道にはありません。複数の神社のお守りを持っても問題ありませんが、丁寧に扱い感謝を忘れないことが大切。ただし、お守りはいただいた神社に1年をめどに返納するのが本来の作法です。

縁結びの絵馬には何を書けば良いですか?

「素敵な人と出会えますように」など漠然とした願いより、「○○のような人と良いご縁を結べますように」と具体的に書く方が良いとされます。自分の氏名・日付も書き添えましょう。個人情報への配慮からイニシャルや部分的な伏せ字でも構いません。

出雲大社と東京大神宮、どちらが縁結びに強いですか?

どちらも日本屈指の縁結びの聖地ですが、性格が少し違います。出雲大社は大国主命を祀り、神在月の縁結び神話の発祥地として最も格が高い。東京大神宮は伊勢神宮の祭神(天照大御神・豊受大御神)に加え縁結びの神を祀り、都内最強の縁結び神社として知られます。遠方の方は近い方から、両方参拝できれば理想的です。

仕事・友人の縁も縁結び神社で祈れますか?

もちろん可能です。縁結びは恋愛だけでなく「人生のあらゆる良縁」が対象。「良い仕事仲間と出会えますように」「信頼できる友人の縁を結んでください」という祈りも、縁結びの神様の得意とするところです。

縁結び神社に行ったのに縁が結ばれない場合は?

神道では「祈りは神様への報告・感謝であり、後は神様に委ねる」という考え方をします。焦らず、自分磨き・行動・感謝を続けることが大切。同じ神社に定期的に参拝し、進捗をご報告する形が伝統的な作法です。

縁結びと縁切りを同じ日に祈っても良いですか?

一般的には「縁切り→縁結び」の順序が推奨されます。悪縁を断ち切ることで良縁が入る余地ができるという考え方です。同じ神社で両方できる安井金比羅宮(京都)のような神社なら、一度の参拝で順序よく祈ることができます。