Shrine

若宮八幡大神宮わかみやはちまんだいじんぐう

大阪府に鎮座する八幡系の神社です。社格は神宮。勝負運・厄除け・開運のご利益で知られます。

由緒

若宮八幡大神宮は、仁徳天皇を若宮八幡大神として祀る、大阪市城東区蒲生に鎮座する神社である。創建の年月は定かではないが、社地は古くから村内の小高い丘にあり、楠(くすのき)や榎(えのき)などの大木が生い茂って昼なお暗いほどだったと伝わる。中でも楠の老大樹は明治18年(1885年)まで神木として崇敬されていたという。大坂冬の陣の際には、徳川方の武将・佐竹義宣がこの境内に陣を構えて戦勝を祈願したと伝えられている。境内にあるクスノキやムクノキなど11本の樹木は、平成9年(1997年)10月31日に大阪市の保存樹林に指定された。

年間行事

明治期作の地車(だんじり)を所有し、春祭り・秋祭りに氏子が曳行する行事で知られる。

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近隣神社

同じ地域や分類に近い神社を合わせて見られます。

大阪府勝負運厄除け

野田恵美須神社

のだえびすじんじゃ

公式サイトの社伝によれば、永久元年(1113年)11月20日、この地の開発にあたって大神を勧請し氏神として奉ったのが起源とされる。境内に伝わる御影石の建石には「ゑみすのみや」と刻まれ、側面に「永久三乙未年三月」(1115年)の年紀があることから、平安時代末期には鎮座していたとみられる。祭神は恵美須大神(事代主大神)・天照皇大神・八幡大神の三柱で、創建以来「えびす様」として信仰されてきた。大阪湾が深

所在地
大阪市福島区玉川4丁目1番1
御祭神
恵美須大神、天照皇大神
系統
八幡
大阪府勝負運厄除け

澤田八幡神社

さわだはちまんじんじゃ

藤井寺市沢田に鎮座する旧村社で、祭神は品陀和気命(応神天皇)。江戸時代初期に、近隣の誉田八幡宮から八幡神を勧請したものと伝わる。太閤検地によって沢田村が誉田八幡宮の神領となり、のちにその神領が隣接する古室村へ配置換えされた際、村人たちの意思で改めて八幡神を迎えたのが始まりとされる。拝殿には明暦元年(1655年)11月付の棟札が残り、旧地から一町ほど西の現在地へ遷宮したことが記されている。安永6年(

所在地
大阪府藤井寺市沢田4丁目2-3
御祭神
品陀和気命
系統
八幡
大阪府勝負運厄除け

百舌鳥八幡宮

もずはちまんぐう

主祭神に応神天皇を祀る。社伝によれば、神功皇后が三韓征討の帰途にこの地で万代までも鎮まり天下泰平を守ろうと誓願し、のちの欽明天皇の御代に八幡大神の宣託を受けて地を万代(もず)と称し、神社を創建したのが始まりと伝わる。平安時代には京都・石清水八幡宮の和泉国万代別宮として栄え、社僧四十八ヵ寺を擁した。江戸時代には歴代の大坂城代が就任時に必ず参拝したといわれ、徳川家から葵紋の使用を許された。秋には例大祭

所在地
大阪府堺市北区百舌鳥赤畑町5-706
御祭神
応神天皇、神功皇后
系統
八幡
大阪府勝負運厄除け

壺井八幡宮

つぼいはちまんぐう

壺井八幡宮は、寛仁4年(1020)に源頼信が河内国司としてこの地に館を構えたことに始まる。その子・頼義は康平7年(1064)5月15日、前九年の役から凱旋したのち、京都の石清水八幡宮の神霊を私邸東側に勧請して社殿を建立した。これが壺井八幡宮の起源であり、頼信・頼義・義家の三代がこの地に住んだことから、河内源氏の氏神として崇敬されるようになった。天仁2年(1109)には義家の六男・源義時が摂社壺井権

所在地
大阪府羽曳野市壺井605-2
御祭神
誉田別尊、神功皇后
系統
八幡