由緒
八代平野の北部、氷川町宮原に鎮座する旧郷社。伊勢神宮内宮の天照皇大神、近江日吉社の国常立尊、山城下鴨社の神武天皇の三神を祀ることから三神宮と称する。社伝では平治元年(1159年)、二条天皇の勅命を受けた平重盛が平盛俊に命じて社殿の造営を始め、応保元年(1161年)に落成、盛俊の弟盛房が社司となって神霊を勧請したと伝え、当初は三宮社と呼ばれた。天正16年(1588年)にキリシタン大名小西行長の焼き討ちで社殿を失うが、慶長年間に加藤清正によって復興され、その後は細川氏の保護を受けた。現在の社殿は天保10年(1839年)の造営である。明治の神仏分離により別当の神蔵寺を廃して社号を宮原三神宮と改め、八代北部一帯の総鎮守として崇敬されてきた。