由緒
延喜式神名帳に越中国新川郡の小社として載る式内社で、旧社格は県社。創建については、孝謙天皇の御代に桜井庄三日市へ勧請されたとする説のほか、東方の嘉例沢の山頂から御幣が飛来し、現れた三体の神像を「三島大明神」として祀ったのが始まりという伝承も伝わる。天正8年(1580年)に、それまで鎮座していた北方約500メートルの萱堂の地から現在地へ遷ったとされる。明治に入るまでは三島大明神と称し、社名が八心大市比古神社に改められた後も、地元では今なお「三島神社」の通称で親しまれている。主祭神は大山祇神・少彦名神・軻遇突智神の三柱で、天照皇大神を合祀する。古くから氏子は鶏を神の使いとして大切にしたと伝えられ、社宝として鶏之図絵馬が伝わる。2月の折年祭、5月の春祭、10月の秋祭、11月の新嘗祭のほか、6月には茅輪神事が営まれる。