御祭神はやたまのおのみこと

速玉男尊を祀る神社

熊野三神の一柱。熊野速玉大社の神として祝われる。 代表的な神社としては波上宮が挙げられます。

速玉男尊とは?

熊野三神の一柱。熊野速玉大社の神として祝われる。 代表的な神社としては波上宮が挙げられます。

速玉男尊の主なご利益

速玉男尊を祀る神社では、厄除け、開運、健康祈願のご利益がよく見られます。神社ごとの由緒や地域の信仰もあわせて確認すると、仕事や暮らしの節目、心身を整えたい場面など、願意に合う参拝先を選びやすくなります。

速玉男尊を祀る有名な神社

有名神社を中心に、大社・一宮・総鎮守など比較の起点にしやすい神社をまとめます。

速玉男尊を祀る神社一覧

8件中1-8件を表示しています。

沖縄県開運厄除け

末吉宮

すえよしぐう

琉球八社の一社。社伝によれば、尚泰久王の時代にあたる1456年ごろ、天界寺の鶴翁和尚が熊野三所権現を勧請して祀ったのが始まりと伝えられる。主祭神は伊弉冉尊・速玉男尊・事解男尊の三柱で、ほかに土祖神・澳津彦命・澳津姫命・産土神を別鎮斎として祀っている。琉球王府から厚い保護を受け、首里の北方を守る社として崇敬された。本殿と参道の石造階段は戦前に旧国宝の指定を受けていた。現在は那覇市街を望む末吉公園の丘陵上に鎮座し、社殿へは公園内の参道をたどる。社務所は波上宮が兼務している。

所在地
沖縄県那覇市首里末吉町1-8
御祭神
伊弉冉神、速玉男尊
系統
熊野
沖縄県開運厄除け

識名宮

しきなぐう

沖縄県那覇市繁多川に鎮座し、明治以前に琉球国府から特別の扱いを受けた官社「琉球八社」の一社。社号は『琉球神道記』(1608年)に「尸棄那権現」、『琉球国由来記』(1713年)に「姑射山権現」と記される。近世沖縄の権現信仰では、末吉宮を熊野新宮、普天満宮を熊野那智、当宮を熊野本宮に見立てて信仰された。社伝によれば、洞窟内に安置された賓頭盧が夜ごと光を放つのを大阿母志良礼が信仰したところ願いが叶い、尚元王(1556〜72年)の長子・尚康伯の病気平癒にも霊験があったため、王子が私財を投じて宮と神応寺を創建したという。尚賢王の代からは毎年1月・5月・9月の吉日に国王の行幸が始まった。社殿はもと洞窟内にあったが湿気で腐朽し、康煕19年(1680年)に洞外へ移して瓦葺とした。戦前の社殿は戦災で焼失し、昭和43年12月に復興、平成25年12月に新社殿が竣工している。

所在地
沖縄県那覇市繁多川4-1-43
御祭神
伊弉冉尊、速玉男尊
系統
熊野
沖縄県開運厄除け

天久宮

あめくぐう

那覇市泊に鎮座する琉球八社の一社。『琉球神道記』(1608)に「天久権現」、『琉球国由来記』(1713)に「天久山熊野三社大権現」、『琉球国旧記』(1731)に「天久山三社」、『球陽』(1745)に「天久山権現」「天久宮」と記されるなど、古記録に繰り返しその名がみえる。創建は成化年間(1465〜1487)と伝えられる。縁起では、銘苅村の翁子が天久野で気高い女人と法師に出会い、女人が中腹の洞窟のあたりで消えるのを見て王に奏上したところ、国王が臣下に命じて洞窟へ香を供えさせると自然に火がついたため社殿を造営したという。のちに「我は熊野権現なり。女人は国家の守護神・弁財天である」との神託があったと伝わる。御祭神は伊弉冉尊・速玉男尊・事解男尊。昭和19年(1944)の空襲で社殿を焼失し、戦後は御嶽形式で祀られたが、昭和47年に本殿を建立、本土復帰と同じ5月15日に宗教法人となった。

所在地
沖縄県那覇市泊3丁目19-3
御祭神
伊弉冉尊、速玉男尊
系統
熊野
宮城県開運厄除け

名取熊野三社

なとりくまのさんしゃ

紀州の熊野三山を模して名取の高舘丘陵に勧請された、熊野本宮社・熊野神社(新宮社)・熊野那智神社の三社をまとめた呼称です。保安年間(1120〜1124年)に熊野信仰を篤くした「名取老女」が勧請したと伝えられ、熊野那智神社は保安4年(1123年)に那智の分霊を合祀して社名を改めたとされます。仙台湾を熊野灘に、名取川を熊野川に、高舘丘陵を熊野の山並みに見立てて三社を配した地理的な対応関係が特徴です。中世以降は伊達氏の崇敬を受け、永正11年(1514年)の伊達稙宗以降、歴代当主と仙台藩主から寄進や奉納を重ねて受けました。三社の中心となった熊野神社の本殿は熊野造の特徴を持つ宮城県指定有形文化財で、春秋の例祭に奉納される熊野堂神楽・熊野堂舞楽は宮城県指定無形民俗文化財です。

所在地
宮城県名取市高舘熊野堂字岩口上51
御祭神
速玉男尊、伊弉冉尊
系統
熊野
静岡県開運厄除け

小笠神社

おがさじんじゃ

社伝では、文武天皇の勅願により紀伊の熊野三山から熊野三神を勧請して創建されたと伝えられ、その歴史は1300年以上前にさかのぼるとされます。御祭神は事解男尊・伊弉册尊・速玉男尊で、同じく文武天皇の代の創建を伝える掛川市の三熊野神社、御前崎市の高松神社とあわせて「遠州の熊野三山」と呼ばれてきました。社殿は掛川市のほぼ中央に位置する標高265メートルの小笠山の山頂近くに鎮座し、山そのものが古くからの信仰の場となってきました。参道には樹高約20メートル、樹齢400年以上と推定される杉が立ち、市の天然記念物に指定されています。創建時に始まったと伝えられる神事「矢矧祭」が今日まで受け継がれ、五穀豊穣・家内安全・安産を祈願する祭りとして続いています。

所在地
静岡県掛川市入山瀬852番地
御祭神
事解男尊、伊弉册尊
系統
熊野
京都府開運厄除け

熊野神社

くまのじんじゃ

弘仁2年(811)、修験道の祖・役小角から十世にあたる僧日圓が、国家護持のため紀州熊野大神を勧請したのに始まると伝わる。聖護院の守護神として奉祀され、平安末期には熊野信仰に篤い後白河法皇が社殿を修造し境内を寄進した。歴代天皇や庶民の信仰を集めたが応仁の乱で荒廃し、寛文6年(1666)聖護院門跡の助成により再興、天保6年(1835)に大修造が行われた。本殿に伊弉冉尊、相殿に伊弉諾尊・天照大神・速玉男尊・事解男尊を祀り、縁結び・安産・病気平癒の神として信仰される。

所在地
京都府京都市左京区聖護院山王町43
御祭神
伊弉冉尊、伊弉諾尊
系統
熊野
大阪府開運厄除け

杭全神社

くまたじんじゃ

貞観4年(862)、征夷大将軍坂上田村麻呂の孫にあたる当道が素盞嗚尊を勧請し、祇園社として創建したのが始まり。のち建久元年(1190)に伊弉諾尊(第三本殿)、元亨元年(1321)に熊野三所権現(第二本殿)を勧請し、平野郷一円の守護神として崇敬を集めた。明治に社号を杭全神社と定めた。三棟の本殿はいずれも国の重要文化財で、境内には全国で唯一現存する連歌所が残り、大阪市の文化財に指定されている。毎年7月11〜14日の夏祭では9台のだんじりが曳行され、30万人を超えるともいわれる人出で賑わう。

所在地
大阪府大阪市平野区平野宮町2丁目1-67
御祭神
素盞嗚尊、伊弉册尊
系統
熊野
沖縄県開運交通安全

波上宮

なみのうえぐ

波上宮は伊弉冉尊・速玉男尊を祀る神社。国家鎮護・航海安全のご利益で知られ、不明(琉球王国時代)に創建された由緒ある神社です。

所在地
沖縄県那覇市若狭1-25-11
御祭神
伊弉冉尊、速玉男尊
系統
熊野