ご利益

交通安全の神社

交通安全のご利益で探せる神社を91件掲載。代表的な神社は住吉神社です。

交通安全で知られる御祭神

交通安全で有名な神社

交通安全の神社一覧

91件中1-20件を表示しています。

熊本県交通安全

住吉神社

すみよしじんじゃ

延久3年(1071)、肥後国司の菊池則隆が摂津の住吉宮から分霊を勧請し、海上安全の守護神として創建したと伝わる。以後は菊池氏の手厚い保護を受けたが、戦国期の争乱で社殿を失った。寛文13年(1673)に熊本藩主の細川綱利が現在地へ再建し、以降は藤崎八旛宮・北岡神社とともに細川家歴代が崇敬する肥後三大社の一つに数えられた。藩主の参勤交代の航路や、有明海に生きる地域の海上安全が祈願され、雨乞い祈祷の記録も残る。第4代藩主・細川宣紀が奉納した高灯籠は日本最古の灯台ともいわれ、島原湾を行き交う船の目印として長く役立った。社地は有明海に面した住吉自然公園の中にあり、照葉樹の自然林が神社の杜として守られてきた。

所在地
熊本県宇土市住吉町2067
御祭神
底筒之男命、中筒之男命
系統
住吉
長崎県交通安全

住吉神社

すみよしじんじゃ

社伝では、三韓征伐を終えた神功皇后が帰途に壱岐へ立ち寄り、住吉大神の加護に感謝して現在の郷ノ浦町大浦触に三神を祀ったのが起こりとされ、のちに神託によって現在地へ遷ったと伝える。『延喜式神名帳』では名神大社に列し、明治4年(1871)5月に国幣中社となって壱岐で唯一の官社となった。現在は神社本庁の別表神社である。大阪の住吉大社、下関・博多の住吉神社と並べて日本四大住吉と称されることもある。明治4年には境内の神池から大陸系12面・和鏡系5面あわせて17面の鏡が見つかり、壱岐市の文化財に指定されている。境内のクスノキも市の天然記念物で、夫婦クスノキを巡ると良縁に恵まれるという言い伝えが残る。毎年12月には国の重要無形民俗文化財である壱岐神楽の締めくくりとして大大神楽が奉納される。

所在地
長崎県壱岐市芦辺町住吉東触470-1
御祭神
底筒男命、中筒男命
系統
住吉
東京都交通安全

住吉神社

すみよしじんじゃ

正保3年(1646)6月29日、摂津国佃村(現在の大阪市西淀川区佃)から江戸へ移り住んだ漁民たちと、住吉の社の神職・平岡権大夫好次が奉じてきた分神霊を、この地に祀ったことに始まる。徳川家康と縁の深かった摂津佃の人々は家康の関東下向に従って江戸へ下り、寛永年間に幕府から鉄砲洲の対岸にあたる干潟を与えられて島を築き、故郷にちなんで佃島と名付けた。祀られたのは住吉三神と神功皇后、そして東照御親命すなわち徳川家康である。佃島は江戸湊の入口にあたることから、海運業者や各問屋組合をはじめ多くの人々が海上安全・渡航安全の守り神として信仰を寄せた。その後、月島・勝どき・豊海・晴海と埋め立てが進むにつれ、これらの地域の産土神としても崇敬されるようになった。

所在地
東京都中央区佃1-1-14
御祭神
底筒之男命、中筒之男命
系統
住吉
奈良県交通安全美容

宗像神社

むなかたじんじゃ

桜井市外山(とび)、鳥見山の山麓に鎮座する式内社で、『延喜式』神名帳に「宗像神社三座」と載る名神大社。宗像三女神を祀り、『日本三代実録』には筑前国の宗像神社(現・宗像大社)と「同神別社」であると記されている。創祀の経緯は詳らかでなく、天武天皇の後宮に入って高市皇子を生んだ胸形尼子娘の縁により皇子の外戚の氏神として祀られたとする伴信友の説のほか、畿内に住んだ宗像氏が本貫地の神を分祀したとする説もある。のちに高市皇子の後裔とされる高階氏が氏神として崇め、元慶4年(880)に官社に列した。南北朝時代の興国2年(1341)、高階義岑が弟とともに南朝方に与して鵄(とび)村で戦った際の兵火により社殿を焼失し、社領も失って衰退、以後は長く「春日社」と称された。幕末には国学者・鈴木重胤の尽力もあって、安政6年(1859)に筑前の宗像神社から改めて神霊を迎え、翌万延元年(1860)に社殿を復旧している。明治8年(1875)に宗像神社の社号へ復し、同40年(1907)に村社となった。

所在地
奈良県桜井市外山818
御祭神
多紀理毘売命、市寸嶋比売命
系統
厳島
京都府交通安全美容

宗像神社

むなかたじんじゃ

京都御苑の南西部、かつての花山院邸跡に鎮座する。社伝では延暦14年(795)、藤原冬嗣が桓武天皇の命を受け、皇居鎮護のために筑前の宗像神(現在の福岡・宗像大社の三女神)を勧請し、自邸である東京第の西南隅に祀ったのが創祀とされる。この邸はのちに東の花山院と西の小一条第に分かれ、『帝王編年記』『日本三代実録』などの古記録には当社の鎮座地が小一条殿と記される。天承元年(1131)に藤原家忠が花山院を伝領して花山院家を開くと、同家が別当として代々奉祀した。応仁の乱の兵火で焼失したが再建され、周辺一帯が公家町となったのちも鎮座地を変えず、明治8年(1875)に府社に列している。市寸島比売命を祀ることから「御所の弁天さん」と呼ばれ、御所の裏鬼門にあたることから方除けの信仰も集めてきた。境内には繁栄稲荷社・少将井社・金刀比羅宮・花山稲荷社のほか、昭和44年(1969)に観光業者の発案で創祀された京都観光神社が並ぶ。

所在地
京都府京都市上京区京都御苑9
御祭神
多紀理比売命、多岐都比売命
系統
厳島
福岡県勝負運交通安全

諏訪宮

すわぐう

福岡県に鎮座する諏訪系の神社です。勝負運・交通安全・スポーツのご利益で知られます。

所在地
福岡県糸島市二丈田中453-2
系統
諏訪
滋賀県交通安全美容

都久夫須麻神社

つくぶすまじんじゃ

琵琶湖に浮かぶ竹生島に鎮座し、竹生島神社とも呼ばれる。市杵島比売命(弁財天)、宇賀福神、産土神の浅井比売命、龍神を祀る。『総国風土記』は雄略天皇3年(459年)に浅井姫命を祀る小祠が建てられたのを始まりとし、縁起では神亀元年(724年)に天照大神の神託によって市杵島姫命が当島に祀られ、天平3年(731年)に聖武天皇が参拝して神殿を新築し、社前に天忍穂耳命・大己貴命を祀ったと伝える。天平宝字8年(764年)の藤原仲麻呂の乱では当社の神護によって乱が治まったとして神位が授けられたと記される。平安期に神宮寺の宝厳寺が島内に建立されて以降、天台の僧の参詣を通じて弁才天信仰が盛んになり、寿永2年(1183年)に平経正が当社拝殿で琵琶の秘曲を弾じた逸話は『平家物語』などに伝わる。数度の火災を経て再建され、現在の本殿は慶長7年(1602年)に伏見桃山御殿の一部を移して造営されたもので、国宝に指定されている。

所在地
滋賀県長浜市早崎町1665
御祭神
市杵島比売命、宇賀福神
系統
厳島
三重県交通安全開運

都波岐神社・奈加等神社

つばきじんじゃ なかとじんじゃ

伊勢国一之宮とされる都波岐神社と、同じく延喜式内社である奈加等神社を合わせ祀る神社。創立は雄略天皇の御代(5世紀後半)と伝えられる古社で、みちひらきの神とされる猿田彦大神を都波岐神社の祭神、天椹野命と中筒之男命を奈加等神社の祭神として、現在は一つの社殿に相殿の形で祀っている。本殿には平安時代に弘法大師が奉納したと伝わる獅子頭二体を御神体として納め、古くから中戸流獅子舞が受け継がれてきた。同じ鈴鹿市内の椿大神社とともに伊勢国一の宮を称し、全国から一の宮巡拝の参拝者が訪れる。2021年からは手水舎を季節の花で飾る花手水を始め、獅子頭と花をあしらった季節の御朱印を月替わりで頒布している。

所在地
三重県鈴鹿市一ノ宮町1181
御祭神
都波岐神社:猿田彦大神、奈加等神社:天椹野命
系統
住吉
東京都交通安全美容

厳嶋神社

いつくしまじんじゃ

東京都新宿区余丁町に鎮座し、「抜弁天(ぬけべんてん)」の通称で広く知られる。新宿観光振興協会の解説によれば、その昔、源義家が戦勝を祈願した厳嶋神社であり、この付近を旧鎌倉街道が通っていたために義家の伝説が残るのだという。境内が南北に通り抜けできること、また義家が苦難を切り抜けたことにちなむ弁天社であることから「抜弁天」として庶民の信仰を集め、江戸六弁天、新宿山ノ手七福神の一つに数えられた。御祭神は市杵島姫命で、仏教の弁財天と習合し、七福神で唯一の女神として金運・縁結び・芸事上達の神とされる。水の神でもあり、農作物に不可欠な水をもたらすことから五穀豊穣の守り神ともいわれる。神社付近一帯には、江戸時代に犬御用屋敷が置かれていた。

所在地
東京都新宿区余丁町8-5
御祭神
市杵島姫命(弁財天)
系統
厳島
山口県勝負運厄除け

住吉神社

すみよしじんじゃ

長門国一宮で、大阪の住吉大社、博多の住吉神社と並ぶ「日本三大住吉」の一社。社伝では、神功皇后が三韓出兵の折に住吉大神から「吾が荒魂を穴門の山田村に祀れ」という神誨を受けて創祀したと伝え、住吉三神の荒魂を祀るのが大きな特色である。相殿に応神天皇・武内宿禰命・神功皇后・建御名方命を祀る。『延喜式』神名帳には名神大社として載る。本殿は応安3年(1370年)に大内弘世が造進したもので、五つの社殿を檜皮葺の屋根で連ねた九間社流造という全国的にも特異な形式をもち、室町初期の社寺建築として昭和28年に国宝に指定された。拝殿は天文8年(1539年)に毛利元就が寄進したもので、室町末期の手法をよく伝え昭和29年に国の重要文化財に指定されている。歴代の領主から手厚い保護を受けてきた古社である。

所在地
山口県下関市一の宮住吉一丁目11-1
御祭神
住吉三神、応神天皇
系統
八幡
栃木県勝負運交通安全

塩竃神社

しおがまじんじゃ

創建の時期は明らかでないが、古くは「日本一社下野国鹽竈神社」と称した。社伝によれば主祭神の塩土翁命はこの地で人々に岩塩による製塩、安産、畜産の方法を授け、それらの業が成ると奥州千賀浦へ赴いて海水による製塩を授けたと伝えられる。天正8年(1580年)9月に現在地へ遷座した。主祭神は塩土翁命・武甕槌命・経津主命の三柱で、天照大神・素盞鳴命・別雷命・火具土命・事代主命・少彦名命・大物主命を配祀する。伊達政宗が参拝して討伐の必勝祈願が成就したと伝わり、勝海舟も篤く崇敬して社額を揮毫奉納したという。

所在地
栃木県矢板市上町6-11
御祭神
塩土翁命、武甕槌命
系統
香取
兵庫県交通安全

阿閇神社

あえじんじゃ

兵庫県加古郡播磨町本荘に鎮座し、海上交通の守護神である住吉三神(底筒男命・中筒男命・上筒男命)と、神功皇后である息長帯姫命を祀る。江戸時代初めに建てられた本殿は、一間社春日造・檜皮葺の同形の社殿が一直線に四棟並び、それらを廊橋で結んだ全国的にも珍しい構成で、四棟まとめて兵庫県指定文化財(建造物)となっている。毎年10月に行われる秋祭りは、享保15年(1730)に東本庄村の庄屋・梅谷七右衛門清政が、100年余り途絶えていた祭りを復活させたものと伝えられ、現在まで地域に受け継がれている。

所在地
兵庫県加古郡播磨町本荘4丁目11-21
御祭神
底筒男命、中筒男命
系統
住吉
東京都開運家内安全

天祖神社

てんそじんじゃ

創建年代は明らかではないが、社伝によれば、中世にこの地が伊勢神宮の神領「葛西御厨」であった頃、領主の葛西三郎清重が皇大神宮を勧請し、氏神として祀ったのが始まりと伝わる。かつては神明社・明神社と呼ばれ、のちに三社明神、江戸時代には三社大明神と称されるようになった。江戸期の地誌『新編武蔵風土記稿』には三社明神社として記載があり、曲金村・細田村・新宿町・鎌倉新田の鎮守であったこと、別当寺が真言宗豊山派の金亀山神宮院観蔵寺であったことが記されている。明治6年(1873)、社名は現在の天祖神社に改められた。御祭神は天照坐皇大御神で、建甕槌命・経津主命を合わせ祀る。

所在地
東京都葛飾区高砂2-13-13
御祭神
天照坐皇大神、建甕槌命
系統
伊勢・神明
福島県交通安全美容

隠津島神社

おきつしまじんじゃ

『延喜式』神名帳の陸奥国安積郡「隠津島神社」に比定される式内社の論社で、社伝では平安時代に九州の宗像大社から勧請されたのが始まりと伝わる。祭神は市杵島比売命・多岐理毘売命・多岐都比売命の宗像三女神で、地元では「お杉様・お菅様」と呼ばれ親しまれてきた旧郷社。境内を覆う広大な社叢は、数百年にわたり斧を入れず倒木も朽ちるに任せた原生林の形態を保ち、山地林と湿地林に多くの湿地植物が群生する貴重なものとして、昭和39年(1964)に福島県の天然記念物に指定されている。

所在地
福島県郡山市湖南町福良字福良山7414番地
御祭神
市杵島比売命、多岐理毘売命
系統
厳島
宮城県勝負運交通安全

多賀神社

たがじんじゃ

陸奥国多賀郷の中心地にあたる多賀城(陸奥国府)の鎮護の地に鎮座し、社伝では近江の江州多賀神社の神を遷し祀ったことに始まると伝わる古社。延喜の制では国幣小社に列したとされる。明治5年(1872)5月に村社に列格し、明治41年・44年には周辺の複数の神社を合祀した。昭和40年(1965)に境内一円が国の特別史跡に指定されたことに伴い社殿を隣接地へ移築し、現在の神明造の社殿は平成13年(2001)4月15日に完成した。宮城県神社庁は御祭神を武甕槌命と伝えている。

所在地
宮城県多賀城市高崎1-14-13
御祭神
武甕槌命、経津主命
系統
香取
島根県厄除け病気平癒

佐太神社

さだじんじゃ

『出雲国風土記』に「佐太御子社」、『延喜式』神名帳に「佐陁大社」と記される古社で、出雲国二宮、また出雲国三大社の一つに数えられてきました。主祭神の佐太御子大神は出雲国で最も尊いとされる四大神の一柱で、猿田彦大神と同神とされます。大社造の社殿が三殿並び立つ姿が特徴で、北殿に天照大神、南殿に素盞嗚尊を祀ります。中世には伊弉冉尊の陵墓と伝わる比婆山の神を遷し祀ったとされ、旧暦10月に母神をしのんで八百万の神々が集うという信仰から「神在の社」とも称されてきました。最盛期には神領7千貫、神職224人を擁し、年間70余度の祭礼を行ったと伝えます。江戸時代は出雲10郡のうち3郡半の神社を統べる「佐陀触下」の中心として藩主の崇敬を受けましたが、明治3年の触下制度廃止で衰退し、昭和3年に国幣小社に列せられて復興しました。

所在地
島根県松江市鹿島町佐陀宮内73
御祭神
正殿:佐太御子大神、北殿:天照大神
系統
八坂
愛知県交通安全商売繁盛

琴平神社

ことひらじんじゃ

愛知県に鎮座する金刀比羅系の神社です。御祭神は大物主神。交通安全・商売繁盛・開運のご利益で知られます。

所在地
愛知県豊橋市中岩田一丁目13-11
御祭神
大物主神
系統
金刀比羅
熊本県勝負運厄除け

西岡神宮

にしおかじんぐう

和銅6年(713)、元明天皇の御代に宇土の総鎮護として創建されたと伝わる古社。当初は春日大神と住吉大神を祀り、平安時代の1048年に八幡大神を合わせ祀って「三宮大明神」と称され、今も「三宮さん」の名で親しまれる。天正16年(1588)、キリシタン大名であった宇土城主・小西行長により社殿を焼かれたが、慶長6年(1601)に加藤清正が現在地に再興し、その後は肥後熊本藩主細川家代々の保護を受けた。明治4年(1871)に西岡神宮と改称。境内には神の宿る岩「磐座 百官石」があり、例祭で奉納される御獅子舞は熊本県指定の無形民俗文化財となっている。

所在地
熊本県宇土市神馬町694
御祭神
一之宮(春日大神)、二之宮(八幡大神)
系統
八幡
佐賀県交通安全美容

田島神社

たしまじんじゃ

宗像三女神(田心姫尊・市杵島姫尊・湍津姫尊)を祀る肥前最古級の古社で、玄界灘に浮かぶ加部島に鎮座し、古くから海上守護の神として信仰されてきた。創建年代は不詳だが朝廷の崇敬が篤く、天平10年(738)には詔により「田島大明神」の神号を贈られ、大同元年(806)には神封16戸を充てられた。延喜式神名帳では肥前国唯一の名神大社に列し、中世以降は武将の崇敬を受け、豊臣秀吉から朱印状を寄進された。江戸時代には唐津城主の祈願所となり、明治4年(1871)に国幣中社に列格。境内には佐用姫伝説ゆかりの佐用姫神社や、秀吉が槍を突き立てたところ割れたと伝わる太閤石がある。

所在地
佐賀県唐津市呼子町加部島3965
御祭神
田心姫尊、市杵島姫尊
系統
厳島
神奈川県開運家内安全

琴平神社

ことひらじんじゃ

元亀元年(1570)より神明社がこの地に祀られていたと伝わり、古文書には正徳元年(1711)以前に「伊勢山」と呼ばれる現在の境内地に社殿または小祠があったことが記されている。文政9年(1826)の再建に際して志村文之丞が四国の金刀比羅宮の御祭神を勧請し、神明社・琴平社の合社が建てられた。昭和55年(1980)に「琴平神社」と改称。「柿生のこんぴらさん」として厄除け・商売繁盛の信仰を集めてきた。平成19年(2007)6月26日に放火で社殿を焼失し、平成23年(2011)に本殿が竣功して御神霊が鎮座した。焼失した拝殿の天井には渡辺崋山筆と伝えられる花鳥山水の板絵63枚があったが、再建にあたり宮司が古写真をもとに油彩で復元している。

所在地
神奈川県川崎市麻生区王禅寺東五丁目46番15号
御祭神
天照大御神、大物主神
系統
伊勢・神明

交通安全神社を都道府県から探す

47都道府県から、交通安全に関連する神社を地域別に探せます。

交通安全とは

交通安全は、車・バイク・自転車・歩行者すべての移動の無事を願うご利益。航海・飛行機の旅も含め「移動全般の安全」を守護します。古くは旅の安全を祈る道祖神信仰があり、現代では自動車を社殿前に進める「車祓い(くるまはらい)」が広く定着しました。

交通安全信仰の歴史

旅が危険だった時代、旅立ち前に道祖神や旅の神に祈ることは命がけの安全策でした。道の神・猿田彦大神は天孫降臨の際に道案内を務めた神で、「道を開く・安全に導く」信仰の中心。海運が盛んだった中世は住吉大社・金刀比羅宮が航海安全の総本山として崇敬されました。自動車の普及した20世紀以降、これらの移動の神への信仰が「交通安全祈願」として再編されています。

車祓いのシーンと手順

車祓いは新車購入直後が最も一般的なタイミングです。 手順: ① 神社に電話・ウェブで事前確認(車祓い対応の有無)② 所定の場所に車を乗り入れる ③ 神職が大麻(おおぬさ)で車のフロント・四方・ドア・ボンネットを清める ④ 祝詞奏上 ⑤ お守り・ステッカーをいただく 所要時間は10〜20分程度。同乗者・家族も同席してOK。

代表的な交通安全神社

全国: 猿田彦神社(三重・猿田彦大神の総本社)、住吉大社(大阪・航海守護)、金刀比羅宮(香川・海上安全) 東京: 成田山新勝寺交通安全祈祷殿(年間120万台が祈祷)、芝大神宮 大阪: 枚岡神社、道路元標があった難波大社 関東: 鹿島神宮(旅立ちの神「鹿島立ち」)

参拝のポイント

新車・新しいバイクを購入した直後が車祓いの定番タイミング。長距離旅行・引っ越し・お子さんの初めての運転免許取得後にも祈願します。初穂料は車祓い3,000〜10,000円。 交通安全ステッカーはフロントガラスの内側(助手席側上部)か、ダッシュボードに貼るのが一般的。お守りはルームミラーに吊り下げる、またはダッシュボードに置く形が広く行われています。1年を目安に更新し、古いステッカーはお焚き上げに。自転車・バイク用のミニサイズのお守りを授与する神社も増えています。

よくある質問

車祓いはどんな流れですか?

神社に事前確認(電話orウェブ)→所定の場所に車を乗り入れ→神職が大麻で車の四方を清め、祝詞を奏上→お守り・ステッカー授与、という流れ。所要10〜20分。同乗者も同席できます。予約なしで受けられる神社も多いですが、事前確認が確実です。

交通安全のお守りはどこに置けば良いですか?

車内はダッシュボード・ルームミラー吊り下げが一般的。直射日光でお守りが傷む場合もあるので、見えるが直射日光の当たらない位置が理想。自転車はハンドルやバッグ、バイクはキーホルダーに付けます。

ステッカーが古くなったらどうすれば?

1年を目安に新しいものに更新するのが伝統。古いステッカーはそのままゴミに捨てるのではなく、丁寧に剥がして白紙に包み、神社のお焚き上げBOXに入れるか郵送で返納を受け付けている神社に送ります。

自転車・バイクの交通安全祈願もできますか?

できます。自転車・バイクは車と同様に安全祈願を受け付けています。自転車では境内に持ち込んで清める神社も。バイク用の小さいお守りやキーホルダー型のお守りを授与する神社も増えています。

免許取得・初めての運転時に参拝するのは良いですか?

とても良い習慣です。免許取得後の初めての本格運転前に交通安全祈願を受ける若い方も多くいます。「安全運転の意識を新たにする」という精神的な意味でも、参拝は良い出発の儀式になります。

事故後に交通安全祈願をするのは遅いですか?

遅くはありません。事故後のお礼参り(軽傷で済んだことへの感謝)と、今後の安全を改めて祈願することは意味があります。事故を機に交通安全への意識が高まり、参拝を習慣化する方も多いです。

飛行機に乗る際も交通安全祈願はできますか?

海上安全・交通安全の神様は空の旅も守護の対象とされています。住吉大社・金刀比羅宮・成田山など航空・交通の神社で飛行機の安全を祈る方もいます。頻繁に出張する方が年に一度参拝する形も一般的です。