大社は、大きな由緒や地域信仰の中心性を持つ神社に用いられる社号です。出雲大社、諏訪大社、春日大社、伏見稲荷大社など、全国的に知られる信仰の中心が多く含まれます。
大社号の神社は、総本社や地域の信仰の核として参拝されることが多く、関連する分社・末社をたどる入口にもなります。
大社号を持つ由緒ある神社。
大社は、大きな由緒や地域信仰の中心性を持つ神社に用いられる社号です。出雲大社、諏訪大社、春日大社、伏見稲荷大社など、全国的に知られる信仰の中心が多く含まれます。
大社号の神社は、総本社や地域の信仰の核として参拝されることが多く、関連する分社・末社をたどる入口にもなります。
大社を参拝するときは、御祭神と信仰圏を先に把握すると理解が深まります。総本社の場合、同じ系統の神社をめぐる前後に参拝すると、信仰のつながりが見えやすくなります。
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白峯神宮は、代々鞠と和歌の宗家であった公家・飛鳥井家の邸宅跡に鎮座する。御祭神として崇徳天皇と淳仁天皇、蹴鞠の神である精大明神を祀る。境内には樹齢数百年と伝わる霊木「小賀玉の木」がそびえ、京都御所にほど近い立地にありながら、静けさを保つ社として知られている。
伊弉諾神宮は、伊弉諾尊と伊弉冉尊を祀る淡路国一宮。国生み神話で淡路島を生んだ伊弉諾尊が余生を過ごした幽宮の旧跡と伝えられる。古くから国生みの島・淡路を象徴する神社として崇敬されてきた。
大和神社は、日本大国魂大神・八千戈大神・御年大神を祀る大和の古社。古代から朝廷の祭祀に関わり、国家鎮護の神として崇敬された。戦艦大和ゆかりの社としても知られ、現在も大和国の古い信仰を伝えている。
諏訪大社は、諏訪湖を挟んで鎮座する上社本宮・上社前宮、下社春宮・下社秋宮の四宮からなる信濃国一宮である。『古事記』の国譲り神話において、出雲から信濃へと移り住んだ建御名方神が国を治めたことに由来すると伝わり、御鎮座の正確な時期は不明ながら千五百年から二千年前に遡るとされ、日本最古級の神社の一つに数えられる。持統天皇5年(691年)には朝廷から勅使が遣わされ、国家安全と五穀豊穣が祈願された記録が残る。鎌倉時代の源頼朝、戦国時代の武田信玄をはじめ、武運長久を願う武将たちから篤く崇敬され、江戸幕府の歴代将軍も社領を寄進するなど、時代を超えて信仰を集めてきた。
大鳥大社は延長5年(927年)完成の延喜式神名帳に「名神大社」として記載された古社で、和泉国の一宮に数えられる。祭神の日本武尊は東国平定などの功をなした後、伊勢国能褒野で没し、その御霊は白鳥となって大和・河内を経て最後にこの地へ舞い降りたと伝わり、これが創建の由来とされる。境内の「千種の杜」は、白鳥が舞い降りた際に一夜にして木々が生い茂ったという伝承にちなむ名である。相殿には大鳥氏の祖神と伝わる大鳥連祖神も祀られている。清和天皇の代に従三位に叙せられ、のちに正一位へ昇階するなど朝廷からも篤く崇敬され、平清盛・重盛父子が和歌と名馬を奉納したほか、織田・豊臣・徳川の歴代武将も社領の寄進や社殿造営を行った。社殿は「大鳥造」と呼ばれる古い様式で知られるが、兵乱や火災でたびたび焼失し、現在の社殿は明治42年に従来の形式にならって再建されたものである。
宗像大社は宗像三女神を祀る神社。交通安全・海上安全のご利益で知られ、神代(伝承)に創建された由緒ある神社です。
住吉大社は底筒男命・中筒男命を祀る神社。航海安全・お祓いのご利益で知られ、211年(伝承)に創建された由緒ある神社です。
社伝によると、景行天皇58年に皇子・稲背入彦命が大和国穴師の地に八千矛神を祀ったのが始まりとされる。近江国高穴穂宮への遷都に伴い穴太へ遷り、欽明天皇の御代を経て養老2年(718年)、現在の野洲市五条の地に社殿を造営し鎮座したと伝わる。御祭神の八千矛神は大国主神の別名で、手名椎神・足名椎神を配祀する。延喜式神名帳に名神大社として名を連ねる古社で、近江国屈指の格式を誇り、1915年には県社に列せられた。境内の鳥居と楼門は足利尊氏の寄進と伝えられ、平安時代の作庭とされる池泉回遊式庭園は国の名勝に指定されている。2018年には鎮座1300年の節目を迎えた。
出雲大社は大国主大神を祀る神社。縁結び・商売繁盛のご利益で知られ、神代(伝承)に創建された由緒ある神社です。
出雲大社大阪分祠は、島根県の出雲大社から分祠された神社で、昭和21年(1946年)春、初代教主・吉村亀治によって創建された。亀治の祖父は大峰山の修験道場・龍泉寺の住職を務めた人物で、亀治自身も修験道と深いつながりを持っていたと伝わる。池田市五月山の愛宕神社に関わりのあった内海敏勝から、火之迦具土神(愛宕大権現)の教えを広めるよう託されたことが創建の契機になったとされ、当初は愛宕大権現を祀る河内分社として出発した。昭和23年(1948年)に島根の出雲大社から大国主命の御分霊を拝受し、昭和33年(1958年)に現在の「出雲大社大阪分祠」の名称に改めた。御祭神は大國主命・火之迦具土神・武甕槌大神の三柱で、縁結びの神として親しまれている。
三嶋大社は大山祇命・積羽八重事代主神を祀る神社。商売繁盛・家内安全のご利益で知られ、不明(奈良時代に記録あり)に創建された由緒ある神社です。
熊野本宮大社は家都美御子大神を祀る神社。交通安全・開運祈願のご利益で知られ、紀元前33年(伝承)に創建された由緒ある神社です。
月山は標高1,984メートルの霊峰で、その頂に月読命を祀る月山神社が鎮座する。平安時代にまとめられた延喜式神名帳には名神大社として記載され、古くから朝廷をはじめ庶民からも篤い信仰を集めてきた、かつて東北地方で唯一の官幣大社である。羽黒山・湯殿山とともに出羽三山を形成し、明治期の神仏分離までは神仏習合の権現を祀る修験道の霊場として栄えた歴史を持つ。出羽三山は「生まれかわりの旅」の地としても知られ、月山はその中でも死後の世界を象徴する山とされている。卯年は月山の御縁年にあたり、この年に参拝すると通常の12年分の御利益があると伝えられている。
廣田神社は、天照大御神荒御魂を祀る西宮の古社。神功皇后の凱旋に際し、神託により創祀されたと伝えられる。延喜式名神大社に列し、朝廷からも厚く崇敬された。西宮の地名の由来にも関わる社として知られる。
竈山神社は、神武天皇の兄である彦五瀬命を祀る紀伊国名草郡の古社。彦五瀬命が東征の途上で戦傷を負い、竈山に葬られたことに由来すると伝えられる。延喜式神名帳にも名が見え、明治期には官幣大社に列した。
高良大社は、高良玉垂命・八幡大神・住吉大神を祀る筑後国一之宮。延喜式では名神大社に列し、筑後地方の総鎮守として朝廷や武家から崇敬された。高良山に鎮座し、九州最大級の社殿と長い信仰史を伝える。
大社は社号の一種で、由緒や信仰上の中心性を持つ神社に用いられます。すべての大社が同じ制度で決まったものではなく、歴史的背景も神社ごとに異なります。
出雲大社、諏訪大社、春日大社、伏見稲荷大社、松尾大社などが代表的です。地域や信仰系統ごとに重要な大社があります。
必ずしも同じではありません。ただし、大社号を持つ神社には特定信仰の総本社や中心的神社が多く含まれます。