ご利益

家内安全の神社

家内安全のご利益で探せる神社を154件掲載。代表的な神社は露天神社です。

家内安全で知られる御祭神

家内安全で有名な神社

家内安全の神社一覧

154件中21-40件を表示しています。

東京都開運家内安全

天祖神社

てんそじんじゃ

創建年代は明らかではないが、社伝によれば、中世にこの地が伊勢神宮の神領「葛西御厨」であった頃、領主の葛西三郎清重が皇大神宮を勧請し、氏神として祀ったのが始まりと伝わる。かつては神明社・明神社と呼ばれ、のちに三社明神、江戸時代には三社大明神と称されるようになった。江戸期の地誌『新編武蔵風土記稿』には三社明神社として記載があり、曲金村・細田村・新宿町・鎌倉新田の鎮守であったこと、別当寺が真言宗豊山派の金亀山神宮院観蔵寺であったことが記されている。明治6年(1873)、社名は現在の天祖神社に改められた。御祭神は天照坐皇大御神で、建甕槌命・経津主命を合わせ祀る。

所在地
東京都葛飾区高砂2-13-13
御祭神
天照坐皇大神、建甕槌命
系統
伊勢・神明
東京都勝負運厄除け

御田八幡神社

みたはちまんじんじゃ

和銅二年(709)、東国鎮護の神として祀られたのが始まりと伝わり、延喜式内社の稗田神社にあたるとも伝えられる。幾度かの遷座を経て寛永五年(1628)に現在地へ鎮座し、明治三十年に御田八幡神社と改称された。三田・高輪・芝浦・港南一帯の氏神として、1300年を超える歴史の中で地域の信仰を集め続けている。

所在地
東京都港区三田3-7-16
御祭神
誉田別尊命、天児屋根命
系統
八幡
三重県開運家内安全

月讀宮

つきよみのみや

月讀宮は、皇大神宮の別宮で、月讀尊・月讀荒御魂宮・伊佐奈岐宮・伊佐奈弥宮の四宮から成る。月讀尊は伊弉諾尊・伊弉冉尊の御子神と伝えられ、内宮別宮として古くから崇敬されてきた。

所在地
三重県伊勢市中村町742-1
御祭神
月讀尊
系統
伊勢・神明
東京都開運厄除け

王子神社

おうじじんじゃ

祭神は伊邪那岐命・伊邪那美命・天照大御神・速玉之男命・事解之男命の五柱で、総称して王子大神と呼ばれる。創建年代は不詳だが、源義家が奥州征伐の折に社頭で慰霊祈願を行い甲冑を納めたと伝わる古社。元亨2年(1322)に領主豊島氏が紀州熊野三社から王子大神を勧請して「若一王子宮」と奉斎し、これが「王子」の地名の由来となった。徳川家康は天正19年(1591)に朱印地二百石を寄進して将軍家祈願所と定め、三代家光は社殿を造営、紀州徳川家出身の八代吉宗は元文2年(1737)に飛鳥山を寄進して桜を植え、江戸庶民の行楽地とした。明治元年には准勅祭社(東京十社)に列せられた。戦災で社殿を焼失したが、樹齢600年と伝わる大イチョウ(東京都天然記念物)が焼け残り、戦後に黒塗りと金箔の権現造の社殿が再建された。

所在地
東京都北区王子本町一丁目1番12号
御祭神
王子大神(伊弉諾命、伊弉冉命
系統
熊野
愛知県商売繁盛金運

矢作神社

やはぎじんじゃ

社名は日本武尊の東征伝説に由来する。尊が賊退治の矢を求めた際、一匹の蝶が人の姿となって矢作川の中州に生える竹を採ってきて、矢作部がその竹で一夜のうちに一万本の矢を作り献じたと伝えられ、境内には「矢竹」と日本武尊の像が祀られている。江戸時代には幕府直営で行われた矢作橋の掛け替え工事の完成を記念する絵馬が奉納されており、宝暦12年(1762)や天明元年(1781)奉納の絵馬を含む「矢作神社絵馬群」12点が岡崎市指定有形民俗文化財となっている。約300年続くと伝わる大祭は、五穀豊穣などを願う行事として今も受け継がれている。

所在地
愛知県岡崎市矢作町字宝珠庵1
御祭神
素盞嗚尊、豊受大神
系統
稲荷
東京都開運家内安全

阿伎留神社

あきるじんじゃ

延喜式神名帳で武蔵国多磨郡八座の筆頭に記される式内社で、創建年代は不詳。社名の「あきる」は開拓地を意味する「畔切」に由来するとの説がある。大物主神・味耜高彦根神・建夷鳥神・天児屋根命の四柱を祀り、中世以降は「春日大明神」「松原大明神」と称され、「松原さま」の通称で崇敬を集めた。明治6年(1873)に郷社に列格。9月28日から30日の例大祭(五日市祭)では、天保年間の製作と伝わる約600kgの珍しい六角神輿が五日市の町を練り歩き、あきる野三大まつりの一つに数えられる。

所在地
東京都あきる野市五日市1081
御祭神
大物主神、味耜高彦根神
系統
春日
大阪府開運家内安全

等乃伎神社

とのきじんじゃ

平安時代の『延喜式』神名帳に記載された式内社。『続日本紀』天平勝宝4年(752)の記事に見える中臣殿来連(とのきのむらじ)が、祖神である天児屋根命を祀ったことに始まると伝えられ、社名や鎮座地の「富木(とのき)」という地名も殿来連との関係に由来すると考えられている古社。周辺の富木集落は殿来氏の本拠地と考えられており、古代氏族とのつながりを今に伝える。主祭神は天児屋根命。

所在地
大阪府高石市取石二丁目14番48号
御祭神
天児屋根命
系統
春日
島根県厄除け病気平癒

佐太神社

さだじんじゃ

『出雲国風土記』に「佐太御子社」、『延喜式』神名帳に「佐陁大社」と記される古社で、出雲国二宮、また出雲国三大社の一つに数えられてきました。主祭神の佐太御子大神は出雲国で最も尊いとされる四大神の一柱で、猿田彦大神と同神とされます。大社造の社殿が三殿並び立つ姿が特徴で、北殿に天照大神、南殿に素盞嗚尊を祀ります。中世には伊弉冉尊の陵墓と伝わる比婆山の神を遷し祀ったとされ、旧暦10月に母神をしのんで八百万の神々が集うという信仰から「神在の社」とも称されてきました。最盛期には神領7千貫、神職224人を擁し、年間70余度の祭礼を行ったと伝えます。江戸時代は出雲10郡のうち3郡半の神社を統べる「佐陀触下」の中心として藩主の崇敬を受けましたが、明治3年の触下制度廃止で衰退し、昭和3年に国幣小社に列せられて復興しました。

所在地
島根県松江市鹿島町佐陀宮内73
御祭神
正殿:佐太御子大神、北殿:天照大神
系統
八坂
大阪府開運家内安全

辛国神社

からくにじんじゃ

雄略天皇の御代(5世紀後期)に物部目大連がその祖神・饒速日命を祀ったのに始まると伝わる古社で、延喜式神名帳に記載される式内社。のちに一族の物部辛國連が社を守り「辛國神社」と称するようになったという。室町時代には春日の神(天児屋根命)を合祀し、周辺の地名「春日丘」にその名を残す。明治時代には長野神社(素盞鳴命)を合祀した。深い緑に囲まれた長い参道は「大阪みどりの百選」に選ばれており、数十種類の椿をはじめ多くの植物が植えられている。

所在地
大阪府藤井寺市藤井寺1丁目19-14
御祭神
饒速日命、天児屋根命
系統
春日
愛知県開運家内安全

神明神社

しんめいじんじゃ

創祀は、伊勢神宮を創建したと伝わる倭姫命が篠島を神宮の御贄所(供え物の漁場)と定めたことに由来すると伝えられる。宝亀2年(771)には贄所守護のため伊勢神宮から土之宮を勧請して「伊勢土之宮」と尊称され、のちに神明宮と改称、明治中期から神明社、昭和20年代より神明神社と称している。伊勢神宮とは約1200年にわたる深い縁で結ばれ、神宮の式年遷宮後に内宮東宝殿の古材を下賜されて20年に一度社殿を造営し、その古材でさらに島内の八王子社が建て替えられる伝統が続く。塩漬けの鯛「御幣鯛(おんべ鯛)」を毎年神宮に奉納する神事も千年以上受け継がれており、島の一部は今も伊勢神宮領となっている。

所在地
愛知県知多郡南知多町大字篠島字神戸101
御祭神
大土御祖神、大年神
系統
伊勢・神明
兵庫県開運家内安全

大避神社

おおさけじんじゃ

飛鳥時代に聖徳太子に仕えた渡来系氏族・秦氏の族長、秦河勝を大避大神として祀る。伝承では、河勝は太子の没後に難を避けて坂越に移り住み、没後にこの地の人々によって祀られたのが始まりとされる。平安時代末期にはすでに有力な神社であったといわれ、現在の拝殿と神門は延享3年(1746)、本殿は明和6年(1769)の再建。絵馬堂には約280年前の船絵馬をはじめ約40点の絵馬が掲げられている。秋の例祭に行われる「坂越の船祭り」は船渡御で知られる祭礼で、平成24年(2012)に国の重要無形民俗文化財に指定された。

所在地
兵庫県赤穂市坂越1297番地
御祭神
大避大神、天照皇大神
系統
春日
熊本県勝負運厄除け

西岡神宮

にしおかじんぐう

和銅6年(713)、元明天皇の御代に宇土の総鎮護として創建されたと伝わる古社。当初は春日大神と住吉大神を祀り、平安時代の1048年に八幡大神を合わせ祀って「三宮大明神」と称され、今も「三宮さん」の名で親しまれる。天正16年(1588)、キリシタン大名であった宇土城主・小西行長により社殿を焼かれたが、慶長6年(1601)に加藤清正が現在地に再興し、その後は肥後熊本藩主細川家代々の保護を受けた。明治4年(1871)に西岡神宮と改称。境内には神の宿る岩「磐座 百官石」があり、例祭で奉納される御獅子舞は熊本県指定の無形民俗文化財となっている。

所在地
熊本県宇土市神馬町694
御祭神
一之宮(春日大神)、二之宮(八幡大神)
系統
八幡
宮城県開運家内安全

黄金山神社

こがねやまじんじゃ

日本初の産金地に鎮座する式内社。奈良時代、東大寺大仏の鍍金用の金が不足していた天平21年(749)、陸奥国守百済王敬福が小田郡で産出した黄金900両(約13kg)を朝廷に献上し、聖武天皇は大いに喜んで年号を「天平感宝」と改めた。この天平産金の縁起により延喜式神名帳に登載された。祭神は金山毘古神・天照皇大神・猿田彦命(配祀に軻遇土神・月読命)。昭和32年の発掘調査で産金を記念した奈良時代の建物跡が確認され、境内は「天平産金遺跡」として昭和34年に県史跡、昭和42年に国史跡の指定を受けた。現在の拝殿は江戸時代末期の再建。

所在地
宮城県遠田郡涌谷町涌谷字黄金宮前23
御祭神
金山毘古神、天照皇大神
系統
伊勢・神明
埼玉県厄除け病気平癒

金鑚神社

かなさなじんじゃ

日本武尊が東征の際に創建したと伝えられる古社。本殿を設けず、背後の御室ヶ嶽一帯を御神体として拝殿から拝む古代祭祀の形式を今に伝えており、この形式は長野の諏訪大社、奈良の大神神社と合わせて全国でも3社のみとされる。境内の多宝塔は天文3年(1534)に武蔵七党の安保弾正全隆が子孫の多幸を祈って建立したもので国指定重要文化財。参道脇の「御嶽の鏡岩」は約1億年前の断層活動で生じた岩肌で、国の特別天然記念物に指定されている。戦国時代には背後の山に御嶽城が築かれた。

所在地
埼玉県児玉郡神川町字二ノ宮750
御祭神
天照大神、素戔嗚尊
系統
八坂
島根県縁結び開運

日御碕神社

ひのみさきじんじゃ

素盞嗚尊を祀る上の宮「神の宮」と、天照大御神を祀る下の宮「日沉宮(ひしずみのみや)」の上下二社からなり、両宮を総称して日御碕神社と呼ぶ。社伝では、素盞嗚尊が柏葉を風で飛ばして鎮まる地を占い、その御魂を天葺根命が隠ヶ丘に奉斎したのが神の宮の起源とされ、日沉宮は天照大神の神勅により祀られたと伝わる。伊勢神宮が「日の本の昼」を守るのに対し、「日の本の夜を守れ」との勅命を受けたことが日沉宮の名の由来とされる。現在の社殿は徳川家光の命により寛永11年(1634)に着工し、寛永21年(1644)に竣工した権現造で、社殿群と境内の石造建造物は国の重要文化財に指定されている。

所在地
島根県出雲市大社町日御碕455
御祭神
天照大御神、素盞嗚尊
系統
出雲
京都府商売繁盛金運

愛宕神社

あたごじんじゃ

全国に約900社ある愛宕神社の総本宮で、京都市最高峰・愛宕山の山頂に鎮座する。大宝年間(701〜704)に修験道の祖・役行者と白山開祖の泰澄が朝日峰に神廟を建立したのが始まりと伝わり、天応元年(781)には慶俊僧都が中興し、和気清麻呂が白雲寺を建立して愛宕大権現を祀る鎮護国家の道場とした。神仏習合の山岳修験霊場として栄え、9世紀には七高山の一つに数えられたが、明治初年の神仏分離令で白雲寺は廃絶し愛宕神社となった。伊弉冉尊など五柱を祀り、古くから火伏・防火に霊験あらたかな神として知られ、「火迺要慎」の火伏札は京都の台所や厨房に広く貼られている。3歳までに参拝すると一生火事に遭わないという言い伝えもある。

所在地
京都府京都市右京区嵯峨愛宕町1
御祭神
伊弉冉尊、埴山姫神
系統
伊勢・神明
新潟県開運家内安全

天津神社

あまつじんじゃ

社伝によれば第12代景行天皇の御代の創建と伝わり、孝徳天皇の勅願所として、古くから糸魚川の産土神と崇敬されてきた古社。天津彦々火瓊々杵尊・天児屋根命・天太玉命を祀り、境内には奴奈川姫命と八千矛命を祀る式内社・奴奈川神社が並び立つ。4月10日の春季例大祭は二基の神輿が激しくぶつかり合う「けんか祭り」として知られ、押上区が勝てば豊漁、寺町区が勝てば豊作になると伝えられる。祭りでは国の重要無形民俗文化財「糸魚川・能生の舞楽」の舞楽が奉納される。

所在地
新潟県糸魚川市一の宮1-3-34
御祭神
天津彦々火瓊々杵尊、天児屋根命
系統
春日
奈良県開運家内安全

天石立神社

あまのいわたてじんじゃ

創祀年代不詳の古社で、延喜式神名帳に「天乃石立神社」と記される式内社。本殿を持たず、扉のような形に割れた花崗岩の巨岩群をそのまま神体として拝する、古代の磐座信仰の姿を今に伝える。前立磐に豊石窓命、後立磐に櫛石窓命、前伏磐に天岩戸別命などを祀り、東側に拝殿のみが設けられている。旧社格は村社。神社の北方約100mには、柳生新陰流の祖・柳生宗厳(石舟斎)が天狗と立ち合った際に一刀のもとに切ったと伝わる巨石「一刀石」があり、柳生の剣豪ゆかりの地として知られる。

所在地
奈良県奈良市柳生町柳生字岩戸谷789
御祭神
豊石窓命、櫛石窓命
系統
伊勢・神明
パラオ開運家内安全

ペリリュー神社

ぺりりゅ じんじゃ

昭和9年(1934)、日本統治時代のペリリュー島に建立された神社。戦後に失われたが、1982年(昭和57年)、清流社が組織した青年神職南洋群島慰霊巡拝団が日本から運んだ資材を用い、島民の協力を得て再建した。天照大神を祀るとともに、再建の際に太平洋戦争のペリリュー島の戦いで戦死した日本兵・軍属の御霊が併祀され、日米激戦地における慰霊のよりどころとなっている。

所在地
パラオ・ペリリュー州
御祭神
天照大神、ペリリュー島の戦いで戦死した日本兵
系統
伊勢・神明
京都府開運厄除け

熊野神社

くまのじんじゃ

弘仁2年(811)、修験道の祖・役小角から十世にあたる僧日圓が、国家護持のため紀州熊野大神を勧請したのに始まると伝わる。聖護院の守護神として奉祀され、平安末期には熊野信仰に篤い後白河法皇が社殿を修造し境内を寄進した。歴代天皇や庶民の信仰を集めたが応仁の乱で荒廃し、寛文6年(1666)聖護院門跡の助成により再興、天保6年(1835)に大修造が行われた。本殿に伊弉冉尊、相殿に伊弉諾尊・天照大神・速玉男尊・事解男尊を祀り、縁結び・安産・病気平癒の神として信仰される。

所在地
京都府京都市左京区聖護院山王町43
御祭神
伊弉冉尊、伊弉諾尊
系統
熊野

家内安全神社を都道府県から探す

47都道府県から、家内安全に関連する神社を地域別に探せます。

家内安全とは

家内安全は、家族全員の平穏・日々の暮らしの安定・家の守護を願うご利益。神道で最も基本的な祈りの一つで、年初の初詣では日本人の多くが真っ先に祈る願いです。「家族みんなが健康で笑って過ごせますように」という究極のシンプルな願いが、家内安全祈願の本質です。

氏神様と産土神——家を守る神様

日本神道には「産土神(うぶすながみ)」「氏神(うじがみ)」という概念があります。 産土神: 生まれた土地の守護神。一生涯その人を見守る神 氏神: 現在住む地域を守る鎮守の神。引越しのたびに変わる

どちらも家と家族の日常を守る最も身近な神様で、「家内安全」は特定の大きな神社より、こうした地元の神社への参拝が本来の形とされます。近隣の神社(氏神社)に年2〜3回参拝するだけでも、家内安全の基本的な作法は十分満たされます。

家内安全に縁深い神社

全国: 伊勢神宮(天照大御神・日本の総氏神)、明治神宮(東京・家族参拝が多い) 各地の氏神様(住所地の神社庁に問い合わせるか、自治会・町内会で確認)

神棚の設け方と家内安全

家に神棚を設けて天照大御神のお札・氏神様のお札・崇敬神社のお札の三社を祀るのが伝統的な家内安全の形。毎朝水・塩・米をお供えして一礼するだけの簡単な作法でも、家族の安全を祈る日常の礼として大切にされています。

参拝のポイント

年始の初詣(1月)に家族全員の名前と生年月日を伝えて祈祷を受けるのが伝統的。一家の代表者が参拝する場合も家族全員の名前を書いて提出できます。初穂料は5,000〜10,000円。 家内安全のお札は神棚(あれば中央)か、家族が集まるリビングの高い場所(南向き・東向き)に。年に一度交換するのが習わし。朝夕に手を合わせて「今日も家族が無事でいられますように」と祈る日課が、家内安全の日常信仰の基本です。

よくある質問

家内安全のお札はどこに祀ればいいですか?

神棚があれば中央に天照大御神のお札、右に氏神様のお札、左に崇敬神社のお札を祀るのが正式な三社の形。神棚がない場合は家族が集まる部屋(リビング)の南向き・東向きの高い場所(目線より上)に清潔に祀ります。

家族全員で祈祷を受けるべきですか?

理想は全員参拝ですが、難しければ代表者一人でも大丈夫です。申し込み用紙に家族全員の名前・生年月日を書けば、神職が一人一人の名前を読み上げて祈祷してくれます。

氏神様はどうやって調べればいいですか?

最も確実なのは「都道府県神社庁(神道事務局)」に住所を伝えて問い合わせる方法。自治会・町内会に聞く方法も有効です。一般的には住んでいる地域で最も歴史ある神社が氏神様になっているケースが多いです。

引越し後に氏神様は変わりますか?

変わります。引越し後は新居の氏神様に「この地に引越してきました」という挨拶参拝をするのが神道の作法です。旧住所の氏神様へも「今までのご守護への感謝」のお礼参りをすると丁寧です。

家族が離れて暮らしている場合も家内安全は祈れますか?

祈れます。家族が全国各地に散らばっていても、「家族の安全と健康」をまとめて祈ることは可能です。遠く離れた子供や親の名前を伝えれば、神職の祝詞に含めていただけます。

新しい家族(赤ちゃん・嫁ぎ・婿入り)が増えた時は参拝すべきですか?

良い機会です。新しい家族を氏神様にご紹介し、「新しい家族も守ってください」と祈るのが伝統的な作法。お宮参り(赤ちゃんの場合)や結婚報告参拝として行うのが一般的です。

家内安全と家族の健康祈願は同じですか?

ほぼ重なりますが、家内安全は「家族全員の安全・平穏・家の和」という包括的なご利益、健康祈願は「心身の健全・無病息災」に特化した祈りです。年初の初詣では「家内安全・健康祈願」をセットで祈るのが最も一般的です。